2012年2月24日金曜日

第10回 TPPの論点(4重苦の農業分野はどうなるか?)

(さらに長い投稿になりましたが、TPPの論点が明確になりますので、是非お付き合いください)



TPP論争において、農林分野も国の方向を過つナンセンスな論調が多い。中でも「日経ビジネス」はさまざまな特集を組んで、TPPを推進しようと躍起になっているが、批判ばかりで、論理的でない。「農業崩壊は常套句であるが、農業は崩壊していない」、「農業崩壊はウソ」(2012117日号)などはひどい。俗論を排すと言いながら、自らが「俗論」に陥っている。

日本の農業は「4重苦」である。4重苦の第1は、為替レート、円高問題である。第2は、日本の国土・農地山林の地形条件である。第3は、低い政府の補助金である。これに、若者の就農困難(高齢化)を加えて、4重苦である。これらを無視した議論は誤ってしまう。

§1 為替レート(円高)が農林畜産業の致命的要因

1の為替レート問題。超円高のインパクトが、最近マスコミや雑誌の報道が盛んである。しかし、日本の誇る有力企業が苦境に陥り、海外移転や空洞化、雇用減少など、専ら工業分野だけが語られ、農林畜産業に関して語られることはまずない。したがって、関心ら理解が行かないし、無関係と思っている人も多い。

しかし、農林水産業も円高のインパクトをもろに受けるのである。

超円は恐ろしい。トヨタも減益、パナソニックやソニーなど日本の代表的な電機メーカーも揃って、本年3月期に巨額の赤字決算見込みを発表したが、本年1月、ダルビッシュのレンジャーズへの入団交渉でも円高が話題になった。ダルビッシュの契約額は6年総額で6,000万ドル、約46.2億円である。一方で、2006年にレッドソックスに移籍した松坂大輔投手は、5,200万ドル、約61億円であった。

6年契約
契約額
為替レート
円換算額
 松坂
5,200万ドル
1ドル117
61億円
 ダルビッシュ
6,000万ドル
1ドル77
46億円
差額
+800万ドル
-40
(円高)
-15億円
(為替損)

  ダルビッシュは、松坂に比して、現地米ドルでは800万ドル高いが、日本円では約15億円も低い。原因は単純で、円高の所為である。松坂の当時は、1ドル117円に対して、今回は約77円。およそ34%の円高である。超円高はこんな恐ろしい為替損失を生むのである。 

本論の農林畜産物に話題を戻そう。円高で農林畜産物の輸出が困難になったことは、実際はあるとしても、話題にはならない。 

一方、日本国内では、輸入の肥料や飼料の値段が下がるメリットがあるが、一層安い“輸入”農林畜産物が国産品と熾烈な価格競争を行っており、国産品が押される。

農産物の円高のインパクトを再確認するために、前回第9回(工業分野)の$6で示した仮設例を再掲する。 

例えば、1970年、仮に、日本では大豆10kg 360円であり、米国では1ドルであったとする。為替は1ドル360円であり、この為替レートなら、日本産(大豆10kg 360円)は、米国産(1ドル)と、同じ価格となり、競争力は互角である。下表のケースAである。 

(為替レートの衝撃:仮設例)
大豆10Kg
A
1970年)
B.日本産を米国に輸出販売
C. 米国産を日本に輸入販売
為替レート
1ドル360
1ドル75
1ドル75
米国の国内価格
1ドル
4.8ドル以上
1ドル(米国産原価
日本の国内価格
360
360
日本産原価
75円で販売可能


 ところが、為替レートが1ドル75円と円高になったとする。(両国の大豆の生産性や物価水準は変わらないと仮定し、大豆の生産コストは、米国産は10kg1ドル、日本産は 360円も同じとする)。上表のBCである。 

   日本産大豆を米国に輸出販売する場合、上表Bである。360円の収入が必要であるから、日本産は4.8ドル(360円÷75=4.8ドル)以上で売らなければならない。そうでなければ、採算割れ赤字となる。米国産は、10kg1ドルであり、円高により4.8倍の為替ハンディキャップがつく。全く戦えないことは明らかである。 


逆に、米国産を日本で輸入販売するとどうなるか。上表Cである。米国の農家は、売価75円でも1ドルの収入になり、米国産は75円で売ることができる。日本産10kg360円は、4.8倍(360円÷75=4.8)の為替ハンディキャップがつくのである。これでは輸入品に勝てないことが明らかである。 

これで分かるように、農林水産物も、国際競争においては、為替レートの衝撃が決定的に重要である。戦後1949年から71815日の金ドル停止(ニクソンショック)までは、1ドル360円であった。以後、7112月スミソニアン協定で308円などを経て、アップダウンはあるものの、20121月の77円台まで、一貫して円高であった。 

円高は、世界に冠たる日本の強い産業の競争力で決まるのである。農林畜産は、そうして決まる為替レートに打撃を受けているのである。<注1

<注1> 円高は、金融投機が引き起こしているのか?

円高は、金融投機の投機によって起きているという主張がある。為替の変動相場制においては、為替レートは、経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)である、各国の貿易や資本の国際収支、物価水準、金利や資金供給の状況、また政治的状況、金融政策、貿易政策など、さまざまな要因が絡みあって、その時々状況により決まる。

短期的にはその時々の経済状況で円安に振れる。しかし、長期的変動動向には、経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)が重要である。1960年代以降、輸出競争力が強くなった日本は膨大な貿易黒字計上し続け、米国は逆に膨大な赤字を継続した。その経済ベースによって、1970年の360円時代から今日の75円時代を向かえ、長期的円高傾向を生み出した。
金融投機は、これらをベースとして、実力以上の過大評価になっている(弱い)通貨の空売りや、過小評価になっている強い通貨の思惑買いなど、操作し乱高下させて稼ぐのである。

日本企業の輸出競争力が強く、貿易黒字というファンダメンタルズがなければ、投機金融であっても、長期的に、360円台から300円台、200円台、100円台、75円などと、円高傾向を主導することは出来ない。
2011年は輸出が縮小し“貿易収支”は赤字となったが、受取配当や利息などの“所得収支”が10兆円以上の大幅な黒字であり、国際収支は依然として黒字国である。
また、日本経済のデフレにより円の通貨価値が上昇し、物価上昇している国々は通貨価値が下落するので、円高を誘引する。野口悠紀雄、早大教授は、日銀が公表している「実質実効為替レート」から推測すると、1ドル60円台でも決して不思議でないと主張している(「1ドル60円台でも不思議ではない!」ダイヤモンド・オンライン、第48回】 2009125日)。
なお、この20年間、日本はデフレ・物価は下落基調であり、米国はじめ他国は物価が上昇しているので、物価格差が円高の要因ともなっている。
2010年以降、米国は輸出増強を狙って「ドル安」誘導政策をとり、つられて世界各国も、自国の「通貨安競争」に入っている。「円高」圧力要因は増すばかりである。******

新商品や新技術の開発、生産性の改善に特徴をもつ工業製品ですら、円高対応には苦戦している。その円高は、実はその工業製品が強かった結果受けているので、いわば自分で墓穴を掘り、苦境を作り出していることになるが、農林畜産物は受身であるが、同様に打撃を受けているのである。この認識を見落としてはならない。 

 工業分野は円高で国内生産による輸出が難しくなれば。海外移転し現地生産、現地供給して生き延びるしかない。しかし、国土に付着している農林業は、海外移転できない。この特性も無視してはならない。 

超円高で攻撃を受けながらも、農林畜産が何とか現状のように維持できたのは、農家や農政関係の努力があったとも言えるのではないか。 

さて、今まで、大豆の生産性が不変との仮定であったが、ここで生産性向上を考えよう。日米共に農家が頑張って、両国で生産性が同率で2倍に上昇したとする。この場合も、4.8倍の為替ハンディキャップは変わらない。日本産が競争力を維持するためには、米国の4.8倍以上の生産性上昇を達成しなければならない。 

米国の4.8倍以上の生産性上昇が可能であったはずであるなどと主張できる人物がいるであろうか。こんなことは誰がどう逆立ちしてもできない。<2>

<注2> 生産性以外に、物価水準の両国差が為替レートや国際的競争関係にも影響する。もし、米国が日本よりも4.8倍もの物価上昇を果たすなら、つまり、大豆の生産価格が4.8倍に上昇するなら、為替ハンディキャップを埋めることが出来るが、4.8倍の差を埋めるような物価水準の差はない。*****

§2 日本の特異な地形の制約条件 

4重苦の第二が、地形の制約条件である。日本の国土の約75%が山間地帯であり、農業は斜面や平地を切り開いた中山間地が農地の43%を占め、平野は57%である。その上、1戸あたりの耕作面積も、豪州は約1,500倍、米国は93倍と、狭いのである。これが、日本農業の絶対的「自然条件」である。


    農地面積・農家1戸当たりの農地面積 比較
 
日本
米国
豪州
農地面積 ha
459
41,120
41,729
1,692
2,924
1,768
国土の割合 %
12.3
41.8
53.9
47.4
53.2
72.6
1戸当たりの農地面積 ha
2.0
186.9
3,068.4
45.7
55.5
59.0
日本との比較
1
93
1,534
23
28
30
   2008年、日本は2010年)

  広大な平野で機械化が可能な米豪と違い、中途半端な機械化しか出来ない。

円高と自然的地形の2つが、他国に比した日本農業の本質的な違いである。円高は日本の戦後の人為的な経済政策・活動の結果であるが、自然的地形は、自然に与えられた制約条件である。農林畜産のこの圧倒的に不利な制約条件において、関税等の保護措置撤廃は、例えば、ハンデイキャップなしにゴルフプレーをするようなものである。初めから勝敗はついている。

さらに、農林畜産生産への考え方が異なる。農林畜産は自然の生態系の産物であり、工業製品と違い、生産性改善も容易ではない。米国などは、農薬と化学肥料のふんだんな使用、遺伝子組み換えの害虫排除、成長ホルモンの過剰な投与で飼育促進など、工業的手法で生産性を高めようと進めている。対する日本は、自然の恵みを利用して、減農薬、有機栽培、非遺伝子組み換えなど、生産性よりも安全性や品質に重点を置いている。

§3 「4重苦」の日本の農業

(1)TPP推進論者から、「日本の農業は過保護であった」とか、「改革が怠慢であった」ので、高コスト体質が温存された、などという批判がある。そんなに「過保護」であったか。次表は、農林水産額と財政農業予算の比率(財政負担比率)の主要国比較である。


        農林業への財政負担比率 比較 (億ドル)
 
日本
米国
韓国
   A 農林水産生産額
629
1516
513
287
281
   B 財政農業予算
173
849
174
177
156
   C 財政比率%B/A)
27.5%
56.0%
33.9%
61.7%
55.5%
  (九州大学准教授 磯田宏「TPPの根本問題と今後の農業・農政への影響をめぐってVer14」p22 から作成)



    財政負担比率は、日本27.5%である。米国56%、仏33.9%、独61.7%であり、日本は最も低く、米国の約半分に過ぎない。日本は、他国に比しても農林業の予算が非常に少ない。過保護どころか、低保護である。
 
 

(2)次に、農林水産省が試算した農家への財政「直接支出」は、次表のとおりである。 

    直接支払額比率 比較  2006年データ:兆円)
 
日本
米国
EU
A 農業純所得
2.5
6.8
10.8
B 直接支払額
0.7
1.9
8.5
直接比率%(BA
28%
27%
78%
(農林水産省「平成22年度 食料・農業・農村白書」p124から作成)

 農家への直接支払は、日本が28%、米国が27%で、ほぼ同じ水準である。EU78%と、非常に高い。なお、前表の財政負担率でも日本(27.5%)より高い仏(33.9%)が、直接支払率も約80%と非常に高いのである。 

この農林省の試算以外に、例えば、東大大学院 伊藤正直教授の試算によると、日本 16%に対して、米国 48%であるという。また、東大大学院 鈴木宣弘教授は、九州大学 磯田宏准教授の作成による、米国の代表的3州の試算データを紹介している。それによると、次表のとおり、イリノイ州(トウモロコシ)は21.3%と低いが、カンザス州(小麦中心の複作)で45.8%、アーカンソー州(コメ中心の大豆複作)55.7%と、高い。 

  米国の代表的3州の穀物生産の政府依存率
2006
イリノイ州
カンザス州
アーカンソー州
 
トウモロコシ*1
小麦複作*2
コメ複作*3
A 農業所得
98,289
32,253
81,119
B政府支払額
20,971
14,787
45,209
政府依存率%(BA
21.3%
45.8%
55.7%
   *1:イリノイ州は、トーモロコシ生産全米第2位の州。
  *2:カンザス州は、小麦生産全米第1で、複作経営が多い州。
   *3:アーカンソー州は、コメ生産全米第1で、大豆との複作経営が多い州。
              (鈴木宣弘、「現代の食料・農業問題」p38から抜粋)

 米国の農業補助金は巨額で非常に有名であるが、それほど透明ではない。農業のロビー勢力が、穀物メジャーを含めて、ウオールストリートの金融ロビーに並ぶほど強いのである。WTOWorld Trade Organization:国連、世界貿易機関)の2001年の多角的貿易交渉、ドーハ・ラウンドで合意が出来なかった最大の理由は、米国の農産物の巨額な政府補助金にあった。自国では巨額の補助金を投入して輸出拡大策をとりながら、相手国には輸入関税引き下げを迫っているのである。 

 すなわち、日本の農林業は、円の独歩高、狭い山間地形、そして、低補助金(低保護)の3重苦に陥っているのである。3重苦で圧倒的に不利な日本に対して、米国等は、3大アドバンテージ、つまり、自国通貨安(ドル安)の為替、広い耕作地形、多額の補助金の有利性に加えて、農薬化学肥料の多用や遺伝子組み換えによる高い生産性による安い農産物の輸出攻勢に、TPPで関税ゼロになれば、日本の農業はどう戦えるというのであろうか。

(3)「6.1兆円のウルグアイ・ラウンド対策費」

 WTOウルグアイ・ラウンドの関税引き下げ合意のために、1994年補正予算2001年まで8年間に、6100億円のウルグアイ・ラウンド対策費を使いながら、日本の農業の体質強化には何らつながらなかった。そのツケが今日に至っている。」と、本間正義 東大大学院教授は述べている。<3>
<注3> 20111026日、「TPP交渉への早期参加を求める国民会議」の発言を日経ビジネスが構成。(コメの逆襲はTPPから始まる」日経ビジネス 20111116日。
農産物の関税引下げを農家に飲ませるための予算を立てながら、道路やハコモノに使われて、予算の大半が農業関係のハコモノや汚水下水道設備等に使われて、結局、土建屋が潤い、農業の生産性向上に十分に効果を出さなかった、という批判がある。
 

農林水産省は、6100億円の「ウルグアイ・ラウンド対策費」を検証している。予算のうち公共事業が3.17兆円、53%であり、ハコモノに多くが使われてことは確かであり、政策が適切でなかった批判も当たろう。

しかし、稲作労働時間が56時間から20時間に短縮(64%改善)や稲の乾燥調製コストが13.6千円/10aから12.3千円へ10%改善、たい肥化処理が128日から78日と40%短縮などの生産性効果が評価されている。ただし、農地集約化は、76万㌶に対して36万㌶、達成率46%と低い<4> 

<注4> 「ウルグアイ・ラウンド(UR)関連対策の検証」農林水産省、平成213月。

しかしながら、仮に農地集約化が進んだとしても、その面積は、豪州、米国、カナダには遠く及ばないし、中山間地農地の制約を考えれば、どれほどの生産性上昇効果が期待できるのか、疑問である。構造転換など容易でなく、批判の言葉だけが踊っているのである。 

たとえば、朝日新聞は、国が目指す2030㌶程度の耕作地集約でも相当困難であり、農地約70㌶でコメと野菜を作る、「有限会社おっとちグリーンステーション」(宮城県登米市)柳渕淳一社長の記事を報道している。『農作物の関税が撤廃されれば、農業だけで食べている専業農家ほど苦しくなる。政権に我々を支える覚悟があるのか』、と。(朝日新聞(2011/10/21日)の「生産費 米国の7倍『競争にならない』」の見出し記事)。 

兼業農家は農業が赤字でも、別の収入によりコメ作りを続けることが可能かもしれない。しかし、専業農家や農業企業はコメ作りが赤字であれば継続できないことは明らかである。相当の補助金を積めば可能かも知れないが、財政大赤字でそんな余裕はない。 

なお、8年間6兆円の予算が「日本の農業の体質強化には何らつながらなかった」(本間正義 東大大学院教授)という非難に対して、では、産業分野の支援策はどうであったか、と反論したくなる。この20年間、経済停滞から脱出するために、中小企業支援も含めて膨大な財政予算が投入されている。ならば、その支援策でこの超円高を乗り切れるほど体質強化が進展したのかと反論すれば、そうでないから苦境にあることが分かる。農業予算だけを槍玉に挙げて農業悪玉論を展開するのは公平ではないし、そんな視点の議論は建設的でない。

 §4 食料自給率は、主要国中最低 

(1)主要国の食料自給率は次表のとおりである。

日本は、周知のとおり、2007年で、先進主要国中最低の40%であり、韓国44%にも及ばない。2010年では、39%に低下している。

特筆すべきは、英、独では、1961年はそれぞれ42%67%であったが、その後、農業保護政策を行い、2007年には、65%80%と政策的に引き上げていることである。

 なお、2007年で、米国、仏は、100%以上であり、本表にはないが、豪州は173%、カナダは168%である。 

            主要国の食料自給率
1961
1970
1980
1990
2000
2007
米国
119
112
151
129
125
124%
99
104
131
142
145
111%
67
68
76
93
86
80%
英国
42
46
65
75
78
65%
韓国
80
70
63
51
44%
日 本
78
60
53
48
40
40%
(農林水産省:諸外国・地域の食料自給率(カロリーベース)の推移)
日本の農業が過保護であったなら、もっと自給率があってよいはずである。この数字をみれば、低い保護の帰結であるともいえるであろう。
(2)主要国の品目別の自給率は次表のとおりである。

米国、豪州は、ほぼ全ての品目において、バランスよく国内で自給できている。英国も、果実5%、野菜39%と低いが、この外は、豆類44%、砂糖55%、穀類92%と維持している。 

日本は、野菜83%、牛乳・乳製品71%は高い。本表には省略した卵類が96%、いも類が86%も高い。しかし主食のコメ(ほぼ100%)以外の穀類(麦、トーモロコシ等)26%、大豆類8%と非常に低く、惨憺たる状態である。この他に、果実41%、砂糖33%、魚介類53%、肉類58%と低いのである。 

        品目別自給率比較 (2007年。日本は2009年)
 
 類
うち
小麦
 
 類
牛乳
乳製
魚介
米国
150
171
139
92
68
108
99
73
66
豪州
175
202
172
86
88
160
169
364
41
102
115
8
45
32
102
109
121
27
スペイン
69
63
8
156
147
112
72
68
50
164
157
91
73
63
100
115
181
38
92
99
44
39
5
65
82
55
45
日本
26
11
8
83
41
58
71
33
53%
      (農林水産省、食料自給率資料室データから抜粋)

 野菜は83%と高い。野菜の関税がほぼ3%(途上国向けの特恵関税は0%)と低いにもかかわらず、高い自給率を維持している。これをもって、「農産物の自由化 恐れるに足らず」との主張する者がある<5>

<注5> 「野菜はたった3%の関税でも、外国産品との競争で生き残ってきた」(日経ビジネス 2011/11/7号 p28----------------

しかし、この主張は、野菜は基本的に保存のきかない「生鮮品」であり、「新鮮さ」の理由で海上輸送に耐えないため、輸入に不利であるという特性を考慮していない。新鮮さが命のイチゴや卵や牛乳にも当てはまる。こんな特殊要因を農業の全体に当てはめて、農業自由化は問題ないなどと論理展開するのは、まともな議論にならないだけでなく、国の政策を誤るのである。

また、生鮮食品でも、この数年、商社が、隣国の中国で開発農業を行い、ねぎ、ほうれん草、生しいたけ等の輸入が増加しており、日本の農家が打撃を受けている。今後もこの影響は深刻になるであろう。

穀類をはじめ、大豆、馬鈴薯、まねぎ、人参、蜂蜜、らっきょ、イグサ(畳表)などなど、保存がきく多くの品目が輸入品に追われているのが現実である。 

(3)自給率向上は可能か?

民主党政権は、現在39%の自給率を50%に引上げると政策目標にしている。どの品目が可能か、品目別自給率を見れば、容易でないことが分かるであろう。さらに、英国並みの60%台でも、無節操な自由貿易を掲げる限り、まず困難である。 

貿易に不向きな生鮮品は可能性が高いが、これは既に自給率が高く改善の余地が少ない。自給率の低い小麦、大豆、トウモロコシなどは余地はあるが、これらの品目で、果たして、TPP推進論者の主張するように、農業改革で自給率向上が出来るであろうか。


(4)日本はエネルギーだけでなく食料も輸入依存か?―過剰な開国―

自給率39%の数字が語るところは、日本は輸入が必要なのは、エネルギーだけでなく、食料もそうであるという現状である。1961年には78%あった自給率が39%へ減少したが、農産物について既に十分に、あるいは、過剰に国を開いた結果である。 

一方で、貿易推進論者に言わせれば、食糧も輸入するためには、輸出促進によって外貨を稼がなければならず、輸出が重要である、と言うに違いない。しかし、TPPで工業の輸出が振興するという見解は虚妄に過ぎないことを、前回第9回(特に、$2、$3、$4の各節)で示した。再度ご覧ご確認いただきたい。 

日本は農林産品は、エネルギーと違って決して資源のない国ではない。たとえ中山間地の不利な条件であると言えども、農地も生産力も十分にある。にもかかわらず、円高等の3重苦により、“経済的に”生産不能に追い込まれたものである。

(5)農林産品に対する自由貿易の原則

世界に誇れる美しい四季の豊かな自然があり、美味しい農産物がある。それを放置して食料を輸入しなければ生きていけない国の姿は、「自由貿易至上主義の欠陥」から由来したものである。自由貿易が全て公平で正しい訳ではない。光と影の両面があることを知るべきである。

自由貿易の恩恵を相互に最大限享受するには、影・欠陥の補正が必要であることは、当然である。その補正とは、以下の原則から判断されるべきである。 

世界共通の貿易ルール作りは、米国流の自由貿易一辺倒のルールでなく、「自由市場」に適合しない「非市場の価値」の保護ルールである、地球資源や国土保全を確保するルールとすべきである。 

なお、工業製品に関する「自由貿易の罠」については、前回第9回の$10(補論1)、$11(補論2)、$12(補論3)参照ください。

(ア)日本の農林産物の自給率を一定以上(60%とか70%とか)確保すること、
(イ)日本の国土(農地山林)を荒廃させることなく、豊かで美しい自然を維持すること、
(ウ)地球温暖化(CO2)阻止、生物多様化維持のために、国土・緑の保全がなされること、
(エ)地域で採れる農林産品の「地産地消」を目指し、運搬エネルギー・CO2削減を削減すること、
(オ)農山村の地域経済が成り立つこと、 
である。 

世界的な人口爆発で70億人に達し、全人口が米国並みの生活レベルでは、地球が5個以上、日本レベルでも2個以上必要と言われ、食料争奪戦争の時代とともに、地球環境保全、国土の保全の重要性が叫ばれている時代に、TPP等で農林業を崩壊させることは絶対に避けなければならない

§5 関税か補助金か

(1)平均関税率(貿易加重平均)の国際比較

輸入額で加重平均された平均輸入関税率は次表のとおりである。

      加重平均関税率 (%
 
日本
米国
EU
中国
韓国
タイ
農産物
12.5
4.1
9.8
2.9
10.3
119.8
12.5%
非農産物
1.2
1.9
2.4
5.6
4
3.3
3.9%
    (内閣府「平成開国と私たちの暮らし」)

日本は、非農産物の平均関税率は1.2%と、どの国よりも低く、十分に国を開いている。農産物はこれらの国々では高い。しかし、既に見たように、日本農林業の3重苦、すなわち、他国に比して、超円高、不利な地形(狭い平野と山間地農地)、少ない補助金であることを考えれば、この程度の関税率は、実質的に極端に高いとは言えないであろう。 

もし関税を引き下げるとすれば、農林業への補助金を米国やEU並みにばら撒くことも考えなければならないであろう。

(2)関税か補助金か ―補助金は問題のある政策

WTOTPPの自由貿易推進では、関税撤廃を要求しているが、補助金は問題にされていない。 

関税の効果は、輸入品が高くなり、消費者は高い品物を買うことで、生産者を保護する効果をもつ。例えば、ある国産品の生産コストが1,100円であるとする。輸入品が1,000円であると、輸入関税を10%賦課すると100円の関税がかり、輸入品も1,100円になる。消費者は1,100円で買うことになり、国内生産者も十分戦える。 

一方、補助金は、低価格の輸入品に対抗して、補助金を支払い、生産者を保護する政策である。消費者は生産コストの高い国産品を安く買うことが出来る。上例では、関税をゼロにすると、輸入品は1,000円で売ることが出来る。国内生産コストが1,100円であるので、政府の補助金が100円生産者に支払われると、生産者も戦えることになる。 

関税と補助金の相違は次表のとおりである。

関税と補助金の比較表
生産者
保護
輸入
障壁
輸出
奨励
国内
価格
負担者
関税
なし
高い
消費者
(便益受益=負担)
補助金
低い
税金等
便益受益≠負担


  どちらも国内生産者保護、輸入障壁の機能は同じである。両者の違いは、関税は高いコストを消費者が負担するに対して、補助金は、政府が税金等により負担する。 

関税は、消費者が高いコストを負担するので、商品を買い消費する便益の受益者と一致する。つまり、消費受益者と高コスト負担者が一致し、公平である。補助金は、税金等による補填が行われるので、消費者は安く購入でき、経済学でいう、「消費者余剰」が生まれるが、受益の消費者と負担する納税者とが一致しないと、受益と負担に矛盾がおき、不公平が起きる。 

補助金にはもう一つ問題がある。上表で「」の部分である。生産者に補助金を支払った場合、輸出価格もその分安くでき、輸出促進効果を持つのである。税金を負担させて、安く輸出するのは、外貨を稼ぐ必要のある国の政策である。外貨稼ぎが最重要であった戦後直後の日本もそうであったし、現在の米国や中国等も同様である。しかし膨大な“国際収支黒字で稼ぐ現在の日本では、税金のムダ使いになる。 

輸出先の消費者は安い輸入品を消費できるが、それは輸出国の税金を使って行われるのである。輸出国の税金が輸入国の国民のために使われる、ということになる。米国は巨額で継続的な貿易赤字国で、農産物の輸出促進のために、自国の税金を使って、輸出攻勢をかけるのである。 

もし、一部のTPP推進者が主張するごとく、日本の農業に補助金を出して輸出促進までもが進むと、米国など貿易赤字拡大で更に困窮して円高が一層進むであろう。工業の「国際競争力の罠」に、農業自身も加担し陥ることになる。

関税の方が、自国保護には合理的で有用である。しからば何故、関税撤廃が要求される一方で、矛盾の多い補助金が許されるのであろうか。

一つは、自由貿易推進の立場からすると、輸出奨励は市場価格を歪めるとしても、輸出振興・貿易拡大に役立つという考えが背後にあり、世界のルールを主導してきた米国が輸出増進を図るために譲らないからである。それに引きずられて、日本もTPPで関税撤廃なら農業保護に(WTOでも)容認されている補助金を使うしかない。しかし、円高と地形の制約から、農林業には、巨額の補助金が必要になり、財源捻出が困難になろう。 

補助金が容認される根底には、リカードが提唱した「自由貿易に利益がある」との信仰の呪縛に陥っていることに由来しているが、この信仰に問題がある。第1に、豊かな自然や地域環境など、市場の対象にならない「非市場的価値」<6>の分野があり、自由貿易原理だけでは非市場価値が自由貿易により破壊されて維持できない。

<注6> 経済学でいう「外部経済」の一つである。*****


2に無制限な放任の自由貿易は、国内雇用、地域経済などにおいて、許容できないほどの歪みや偏りを引き起こす。自由貿易は常に公正でも正義でもないので、相互に恩恵や秩序をもたらすように関税などの調整が必要であり、容認されるべきである。そうでないと自由貿易の経済的厚生を最大化するとは限らない。 

日本農業の円高と地形の制約から、補助金政策になると、巨額の予算が必要であり、財政が持たない。EU等に比べて租税負担率の低い日本は、関税維持がより妥当である。

§6 農業は崩壊するは「ウソか」?―4重苦の農林業ー

TPP参加で農林業が崩壊する、という主張に対して、「『農業崩壊』は常套句」のタイトルを掲げ、福井俊彦前日銀総裁の言葉を掲げ、“崩壊説はウソ”などと「日経ビジネス」は特集している。<7> 

<注7> 福井俊彦前日銀総裁=キャノングローバル戦略研究所理事長は、「1990年日本が関税貿易一般協定(GATT)ウルグァイ・ラウンド交渉でコメ市場開放を迫られた時も、『日本の農業が崩壊してしまうと騒いだが、結果はそうはならなかった』と述べている(日経ビジネス 2011/11/7号 p26-27)。

福井前日銀総裁が「日本の農業が崩壊してしまうと騒いだが、結果はそうはならなかった」と言うとき、大きな勘違いか、現状認識が完全に誤っている。 

確かにコメや生鮮物(野菜や牛乳等)は崩壊していないように見える。コメは、778%もの高関税をかけ、ミニマム・アクセス(MA)米77万トンの輸入義務以外は一粒も輸入できなく保護しているからである。生鮮物は、§4-(2)で見たとおり、海上輸送」に不向きだからである。その意味では崩壊していない。 

しかしながら、コメ等が高関税でありながら日本の農林業の現状は、既に「ほぼ崩壊か、崩壊の途上にある」のである。もう崩壊していると言っても過言ではない。流石に、高木勇樹氏は元農林事務次官だけあって、日銀元総裁とは違って、崩壊寸前の現状を正しく認識されている。<8> 

<注8> 高木勇樹氏は、「農村は疲弊し、いまや外国人労働者、いわゆる研修生の力を借りずには農業を維持できなくなっている現実をみれば、国の形はなし崩しに変わりつつある。農業はこのまま行けば右肩下がりだ。農林水産省の試算ではTPPに参加すると農業生産額が41,000億円消えるというが、この20年で農業総生産は4兆円減り、農業所得は半減した。」(日経ビジネス2011/11/7「農業の守り方を間違った」 

高木氏の指摘のとおり、20年間で農業総生産は半減し、自給率は80年の53%から39%へ約3割減少し、外国人「研修生」の安価な労働(時給200円とか500円などと報道されている)で成り立っている部分もあり、やっと営農している。この現状は、自由貿易の結果であり、歪んだ正常な経済社会の状態ではない。

(1)専業農家、兼業農家
専業農家、兼業農家(第1種兼業、第2種兼業)の農家数の推移は次表のとおりである。


    専業農家、兼業農家(第1種、第2種)の推移  (戸)
農家数\年度
1990
1995
2000
2005
2010
2011
構成
:
90
専業農家
47.3
42.8
42.6
44.3
45.2
43.9
28%
93%
1種兼業*1
52.1
49.8
35
30.8
22.5
21.7
14%
42%
2種兼業*2
198
173
156
121
95.5
90.5
58%
46%
*1:「第1種兼業」とは、農業所得を主とする兼業農家をいう)
*2:「第2種兼業」とは、農業所得を従とする兼業農家をいう)



  専業農家は43.9千軒、構成比は、28%であり、農業所得を副業とする第2兼業農家が過  半の58%である。1990年比増減では、専業農家は93%と微減であるが、兼業農家は、第1種で42%、第2種で46%と、半減している。 

同時に、農家の減少と共に、耕作放棄地が、199021.7万㌶から39.6万㌶と、約1.8倍に増加しており、農家・耕作地共に衰退の一途になっている。

(2)就業人口は減少し高齢化―4重苦―

農業の就業人口の推移は下表のとおりである。以前からジジババ農業と言われてきたが、どんどん進行している。65歳以上が60%以上で、平均年齢が65歳以上である。(2010年)高齢化が進展している。 

農業の就業人口の推移
就業者\年度
2006
2007
2008
2009
2010
2011
(概数)
農業就業人口
(千人)
320.5
311.9
298.6
289.5
260.6
260.1
うち 65歳以上(%)
57.8%
59.3%
60.4%
61.4%
61.6%
60.7%
平均年齢(才)
63.4
64
64.7
65.3
65.8

所得も低く、若者の魅力的な生業になりえない現実がある。若者が生業として営農できなければ、高齢化が進み本当に壊滅するのは、1020年の単位で考えれば、時間の問題である。

日本の農業は、円高、不利な地形、低い補助金という3重苦に、「若者の就業困難」を加えて、4重苦に陥っているのである。相当な財政補助金支出がない限り、TPPによってこのスピードが劇的に加速されるであろう。(しかし、補助金に大きな問題があることは、§5<注4>で述べた)。 

 次に、個別の品目について現状をみてみよう。

(3)個別の品目について現状

ア)  すでに崩壊している林業

国内林業は既に崩壊していることは周知の事実である。

自給率が2010年、26%(2009年は27%)で、森林は荒れ、木材運搬の林道や製材所などの設備も既に崩壊している。木材の運搬も山谷の起伏を超えて行うため、機械運搬具使えず、合理化が難しくコスト高である。平野で低賃金、無秩序な伐採国からの輸入品には到底太刀打ちできす、崩壊の一途である。

ここに至った原因は、これまでの貿易自由化と円高である。 

一方で、円高で輸入木材が安くなり、紙パルプ業界、建設業界など、円高メリットがある、という意見も聞く。消費者の視点ではそのとおりであるが、しかし、持続可能な社会や国土には、山林森林の維持は、農地とともに重要である。地球環境・国土保全、水源、土砂災害予防、河川・海洋への栄養供給、生物多様性やCO2吸収など、多面的な機能から必須な条件である。森林の手入れ管理は、木材がビジネスとして成り立っていないと十分にはできない。

国の国有林の管理事業も、財政逼迫、行政改革で十分な予算が割けないのである。森林は、単に安価な木材の供給問題だけに矮小化した、森林切り捨て論はないであろう。 

200911月に、ある大学の市民講座で、静岡大学の小嶋睦雄教授(共生バイオサイエンス学科)から、生態系における森林の重要さ、里山の機能、自然との共生など、有益な講義を感銘深く受講した。質疑時間に、「貿易自由化は、安い輸入木材により、日本の山林は崩壊している。貿易自由化では、森林再生は出来ないと思うが、どうお考えですか」、と質問した。小嶋教授は、「貿易の自由化には賛成である」とのご回答であった。再度、「では、その場合どうしたら、安い輸入木材と戦い、日本の森林を再生保持できるのでしょうか?」と質問した。 

回答に驚いた。「競争力のある木材を作ることです」と。競争力のある木材とは、どんな木材がありうるというのでしょうか。もうショックであった。あるべき環境保全を訴えながら、背反する経済原理(自由貿易)を支持するなど、笑止千万である。「自由貿易の罠」にすっかり嵌り込んでいるのである。


「自由貿易の罠」の害悪について、仏・人類学者・エマニュエル・トッド(国立人口統計学研究所員)が、「各国で民主主義が機能不全に陥っているとすれば共通の原因があるのでしょうか」という朝日新聞記者の質問に対して、「世界に広がっている経済についての思想です。特に欧米や日本など先進国で支配的ですが、自由貿易のイデオロギー」である、と主張している。(201118)。各国の経済問題の行き詰まりの根源はここにあることを知らなければならない。 

イ)      コメの論争

コメは、高関税(778%)で守る一方で、これまで国内需要減少に対して、減反政策による高価格維持であった。農政を担当した高木勇樹・元農林水産事務次官は、減反政策で260万~270万㌶ある水田が、実際には160万㌶しか稲を植えていない。これを「極端に言えば、全部稲を植えて、輸出し、飼料用や加工用にも回していく。そういう大胆な発想をすれば、農村の活性化はあっという間にできる。」(日経ビジネス2011/11/7「農業の守り方を間違った」元農水次官の告白)、と減反政策を止め輸出や飼料に使えば直ちに問題が簡単に解決するかのように述べている。 

しかし、平野の少ない地形では、集約化も限界があり、機械化も容易でなく、増産してもコストはそう簡単には下がらない。輸出まで行うには、輸出にも相当の額の補助金を投入が必要になる。また、ジャポニカ米は世界需要が日本ほどは多くないと言うから、マーケットの開拓も必要になる。美味しい品質で中国等への輸出が期待できようが、一方で国内消費ならいざ知らず、輸出までにも多額の補助金投入は、少子高齢化と解決が容易でない超財政難の状況では国民の合意は得られないであろう。 

 もし補助金投入して米までも輸出するほど農業が強くなれば、他国は輸出するものがなくなり、日本の輸出が一人勝ちになり、必ず一層の円高になり、75円どころでなくなることは、単純であるが強力な経済法則である。 

次に、本間正義教授は、ジャポニカ米は生産能力が30万トンほどであり、日本のコメ生産に侵食しないという。<9> 

<注9>「米国で生産される1,000万トンの米のうち日本人の食う短粒種(ジャポニカ)は30万トン。これをすべて輸入しても、日本の生産量の4%。短粒種は栽培がむずかしく収量が3割以上少ないので、関税ゼロになっても品種転換はほとんど起こらない」という。(『農業崩壊』は常套句」日経ビジネス 2011/11/7号 p26)。
 

果たしてそうか。確かにジャポニカ米は栽培が難しいといわれる。しかし、現在は日本が輸入米を阻止し売り先がないので生産が少ないのである。輸出増加が見込まれ10年の期間があれば米国が増産体制をとってくることは容易に想像できる。また、相手は米国だけでなく、ベトナムなども生産国になるであろうと見込まれている。
 

コメは味や品質で舌の肥えている日本人がカリフォルニア米を選ばないとの意見もある。本当にそう単純であろうか。 201111月にNHKで、日米のコメのどちらが美味しいか、食べて比較するブラインド(目隠し)テストの結果を報道していた。過半数がカルフォルニア米(ジャポニカ)が美味しいと軍配をあげていた。私自身、1995年から3年間、ドイツ赴任中にカルフォルニア米を食したが、遜色なく美味しかった。多くの海外経験者は同様の体験をもつであろう。 

さらにNHKでは「米国米を買いますか?」と主婦へインタビューした。その結果では、多くが、農薬など安全性で国産を買うと回答した。しかし、牛肉がそうであるように、コシヒカリやササニシキなどのブランド米は残るとしても、価格が半額や13にもなれば、まず外食産業や弁当に、そして次いで家庭にもカルフォルニア米が侵食することは間違いないであろう。現にこの4月から、牛丼の「松屋」は豪州を試験的に導入すると報道されている。それ以外の品種は徐々に駆逐され、耕作面積の半分程度を占める山間地農業は崩壊し、現在の約800万トンが半減するという予測は現実となろう。 


ウ)      国産牛肉も苦戦する

 牛肉の国内生産・輸入の推移は次表のとおりである。

       牛肉の国内生産・輸入  (万トン)





 
1990
シェア
1995
シェア
2000
シェア
2005
シェア
国産牛
388
51%
412
39%
364
33%
348
44%
輸入牛肉
377
49%
656
61%
725
67%
450
56%
       (農水省平成192月資料から作成)
      


1991から輸入枠を撤廃し、関税化し、関税を段階的に引下げ、現在38.5%である。1990年に国産51%であったが、199539%200033%と減少している。その後、BSE(狂牛病)が2001年に国内で発生し、2003年には米国でも発見され、国産・輸入に影響がでている。2005年では44%となっているが、米国産は20歳以上のBSE検査で米国ともめているが、TPP参加、関税ゼロに至ると、国内産は大きく圧迫されると見込まれる。

エ)      牛乳・乳製品は牛肉より深刻

牛肉以上に深刻なのは、乳業と思われる。朝日新聞記事「教えて TPP」によると、現在は、消費地の本州に遠い北海道の乳業は、バターやチーズなどの加工品が多く、本州の乳業は「生鮮牛乳」に棲み分けがなされている。

もしTPPで関税がゼロになっても生鮮の「牛乳」は入ってこないと思われるが、バター・チーズなどの加工品が安く入ってくる。北海道の乳業は苦境に立ち、生きき残りをかけて牛乳を本州に販売促進すれば、本州の乳業農家は大きな打撃を受けるであろう。

オ)      みかん・オレンジとりんご生果と果汁はほぼ崩壊状態 

1990年ごろ、みかん・オレンジの自由化するに当って国内が「崩壊する」と大騒ぎなったが、崩壊していないので、今回のTPPでも崩壊論はウソであるという主張がある。検証してみよう。 

オレンジの輸出拡大を狙った米国が要求し、1991年にオレンジ、92年にオレンジジュースの自由化が始まり、95年からウルグァイ・ラウンドで関税引下げが行われてきた。結果、次表のとおり、シェアは2005年には、国産51%、輸入49%とほぼ半分になった。みかんの耕作面積は、908.1haが、07年には5.2haに減少した。

みかん・オレンジの国内生産・輸入 (万トン)
 
1990
シェ
1995
シェ
2000
シェ
2005
シェ
国産みかん
189
78%
149
57%
123
53%
124
51%
輸入オレンジ
53
22%
112
43%
107
47%
118
49%
合計(万トン)
242
 
261
 
230
 
242
 
      (農水省平成192月資料から作成)

これまでの自由化と円高により、オレンジやグレープフルーツにシェアを奪われ半減し、生産量も減少している。従来あったみかんの缶詰輸出もなくなり、みかん農家の所得は低く、その結果、若い人の職業ではなくなっている。高齢者が低所得でかろうじていやっている現状である。
 

りんごはどうか。

米国や豪州のリンゴなど、生ではまずくて食べられないので、TPP参加で影響はないという言い分がある。「生果」はまずくて食べられないは、そのとおりであろう。現に生果の輸入は、0.01万トンとほぼゼロである。

しかし問題は、果汁である。生果と果汁の合計で見ると、次表のとおり、1992年の国産シェア93%が、2005年には54%へ、半減している。果汁の輸入が急増し、本表にはないが、国産果汁のシェアは6.3%に過ぎない。 

りんご生果と果汁の国内生産・輸入 (万トン)
 
1992
シェ
1997
シェ
2002
シェ
2005
シェ
国産りんご
125
93%
115
69%
107
66%
92
54%
輸入りんご
9
7%
52
31%
54
34%
79
46%
合計(万トン)
134
 
167
 
161
 
171
 
       (農水省平成192月資料から作成)


生産量やシェアを落とし、また農家が低所得、若い後継者の就農が困難な4重苦に陥っているのに、みかんやりんご農家はまだ存在するから自由化でも被害がなかったというのはあまりにも現実を無視している。TPP参加で関税ゼロになっても打撃を受けないとは、現実無視の暴論である。

§7 前原前外相の農業1.5%

前原誠司前外相は、「国内総生産(GDP)構成比1.5%の農漁業を守るために、残り98.5%を犠牲にすべきではない」趣旨の発言を行ったという。<10> 

<注10> 20111019日、日本経済新聞社と米戦略国際問題研究所(CSIS)が共同主催したシンポジウムで発言。***** 

これにより、農業のために国益を失うという、農業悪玉論が展開されることになった。前原氏は、これまで重要な国政案件では戦略も戦術も十分に詰められず、しばしば、軽薄、猪突猛進的であるが、この発言も重要な論点を失っている。 

それは、第1に、TPPで、農業を除いた残り98.5%が、本当にTPPで国益を得るかというと、決してそんな甘いものではない。98.5%部分も、メリット・デメリットがあろうが、総体としてTPP参加に国益はない。これは、本ブログ前回第9回(工業分野で国益があるか?)で詳細に述べたので確認をして欲しい。<11> 

<注11> 要点は、第1に、TPP参画により関税ゼロで輸出が増えれば、一層の円高を誘発する。結局採算割れに至るので、企業は海外移転に向かう。第2に、そして、輸出関連の国内中小企業はそれにより打撃をうける。第3に、それだけでなく、一層の円高と関税撤廃で、海外製品が今以上に安く入ってきて、国内向け限界事業(大手も中小企業も)は広範に苦戦し、中には撤退廃業に至る。第4に、こうして国内雇用は悪化、失業が増え、地域経済は更に崩壊する。これらは、間違いなくグローバル化の流れである。*****

 
経済法則と戦後の経済の歴史的事実を冷静に分析すれば、98.5%の分野でも国益がなく、農業でも国益がないことが理解されよう。 

2に、農業は、農産物を産出するが、それに留まらず、林業、海洋とともに、地球の自然生態系の中核をなすものであって、「市場経済」だけでは律せない「非市場的価値」の存在でもある。いわゆる「多面的機能」が全く視野から外れている。 

農業が崩壊すれば、国土の保全、人間が暮らす地球環境の保全は困難になる。国家戦力室の資料では、これらの価値を金額試算している。何かの参考にはなるが、しかし、金額試算は殆ど意味がない。TPPで農業が崩壊して、市場でこれらのもの機能を輸入したり購入できるわけではない。これらは、人間が暮らす非市場性のものである。

   「農業の多面的機能」
<><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><><>
金額評価のないもの
金額評価されている
億円
大気の浄化、気候の緩和)
地下水を涵養する
537
CO2の吸収、酸素の生産*1
土壌崩壊を防止する
4,782
生物多様性を保全する
日本国土の原風景を保全する
23,758
文化を承継する
洪水を防止する
34,988
海洋へ栄養を供給する*2
土壌浸食や流失を防止する
3,318
(注:*1*2は筆者が追加)
河川の水量を安定化させる
14,635
合計
82,018
(国家戦略室「平成の開国と私たちの暮らし」参考資料p16

 3に、食糧自給率現状の39%を更に下げてもよいのか。一定水準の食料自給率確保は、供給国や穀物投機ファンドに支配されてはならない主権国家として、食料安全保障の上からも必要である。ましてや、工業分野にメリットがないのに、農産物も失うことになれば、愚かという以外にない。その愚かな事態に至ってから悟るようでは、愚かの上塗りである。

 本日(24日)は1ドル80.10円と、日銀の超金融緩和を受けて22日以来超円高もやや円安になっているが、農林畜産や工業分野も採算がとれるような円水準にする有効な奇策はない。菅前総理が「一にも雇用、二にも雇用、三にも雇用」と述べた重要課題にも有効な政策がなかった。同様に、「TPPを進めるのは強い農業を作る好機だ」などと勇ましい言葉は飛んでいるが、ピント外れの批判はあるが、4重苦の農林畜産にも有効な奇策はない。 

無節操な自由化の枠組みでは、調整された節度ある自由貿易でなければ、どの国も行き詰まりから出られないことを歴史的経験から学ぶべきであろう。

(長文にお付き合いいただき、ありがとうございました。2012224日:3月2日、表の歪みを補正)