2011年11月24日木曜日

第9回 TPPの論点(工業分野の国益が本当にあるか?)

(長い投稿になりましたが、TPPの論点が明確になりますので、是非ご覧ください。11月30日に、$11の補論2に、<追補>を挿入しました。)

昨年2010年に、菅総理の唐突なTPP協議へ参加表明で急に浮上したTPP<注1>を、野田総理は、本年11月12日、ハワイAPEC2011で、協議参加を表明した。

**<注1>TPP の分野
TPP (Trans Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)、環太平洋(戦略的)経済連携協定。次の21分野の協定である、(以前は24分野と報道されていた。)
・貿易自由化/関税撤廃(工業、繊維・医薬品、農業)、
・サービス自由化(入国管理、金融、電気通信、e-commerce等)、
・労働、投資、環境、政府調達、競争政策、知的財産、紛争解決、貿易救済措置等
***

政府や推進の主張は、「平成の開国」とか、「日本は貿易立国」とか、「アジアの成長を取り込む」、「活力を取り戻す」とか、主張されている。

このような効果が本当に期待できるのか。マスコミやエコノミストにも扇動的な主張が多く、この疑問に対して冷静な解答が乏しい。「とこや談義」を脱して、感情的な賛否でなく、論点を経済原理に照らして冷静に吟味したい。

$1.「工業分野」のメリットは為替が変動しない条件が必要

 賛否論ともに、工業以外の分野では、とりわけ農林業や国民医療制度などに大きな犠牲があると、程度の差はあるが、共有されているようである。しかし、推進論では、「工業分野」においては、それらの犠牲を上回ってメリットがあるとか、TPPに参加しない選択肢はない、などと主張されている。
 ならば、本当に、「工業分野」で十分な国益が期待できるのか、これが重要な論点である。工業以外は次回の機会とし、今回は工業分野に絞って、真偽を検討したい。

 論点は、関税ゼロで輸出が増え、その結果雇用も増え、内向きな日本経済が活性化するということに尽きる。政府試算によると、10年間で2.7兆円のGDP拡大という。

 本当に、そうなるか。実は、このストーリーが成り立つには、重要な条件、つまり為替レートの変動、「円高が起きない」という条件必要である。そうでないと成り立たない。
 もし、為替レートが変動し、「円高が起きる」とすると、円高の影響が大きく、関税ゼロ等は、たちどころに打ち消されて成り立たない。これは非常に簡単で単純なことであるが、多くの著名な学者やエコノミストが見落としている重要な条件である。
 TPP推進論を展開する若田部早大教授は、賢明にも、この点を正当に認識し、「さらにいえば、せっかくTPPに入っても為替が円高に振れるならば元も子もない。」と述べているのである<注2>。

**<注2>推進論を展開する若田部教授も円高が元も子もなくすと認識 *-
「まず為替の変動が深刻な問題であることについてはその通りである。」と。そして、「さらにいえば、せっかくTPPに入っても為替が円高に振れるならば元も子もない。TPPの利点を最大限に生かすためにも円高を是正すべきである。」と正直である。(若田部昌澄早大教授、「TPPの憂鬱 ―― 誤解と反感と不信を超えて」、SONODOS JPOURNAL 2011-11-9)***

 では、TPP参加で輸出が伸びた場合に、円為替はどうなるか。
これは、一層の円高に向かうことは論を俟たない。今、世界各国が自国の輸出を拡大しようと、通貨安競争に入っている時代でもあり、間違いなく円高になる<注3>。

 TPP参加後何時ごろ円高になるか、時期までは予見できないが、TPP参加の直前か、直後か、あるいはごく短期間内に、例えば、数ヶ月とか、半年とかには円高になるであろう。

**<注3> 為替相場の動向を検討しよう。*-----
まずドル円の相場は、米国では失業が9%程度と高止まりし、オバマ大統領は政権をかけて輸出を増やそうと躍起になっている。産業が空洞化している米国では、米国の輸出を有利にすべくドル安円高を放任している。自国輸出が不利になるドル高(円安)政策はありえない。
EUは、財政債務問題が簡単に解決しないので、やはりユーロ安円高傾向は避けがたい。ドイツは強いが、しかし、他の弱いEU加盟国の混成により、全体してユーロ安になっており、ドイツは一人ユーロ安の恩恵を受け、輸出を有利に展開している。
他の国々も同様である。今、世界で輸出競争力のある国は、ドイツ、中国、日本、韓国である。それ以外の国々も、輸出促進に自国通貨を安く(円高)維持したいところである。円高圧力は否定できないであろう。***


$2.円高が「工業分野」のメリットを打ち消す

 円高の結果、関税ゼロの恩恵は間違いなく消滅する。
 例えば、注目の一つである自動車は、米国の輸入関税は2.5%である。単純に計算してみても、仮に、1ドル77円の時に、2.5%の関税に相当する円高は1.925 円であり、1ドル75.075円になれば、関税は打ち消される。関税のインパクトよりも為替レートがはるかに大きいのである。輸出が進めば、為替レートは、2円や3円はあっという間に動く。

 勿論、円高を解消する有効な対策があれば、TPP工業分野で一定の効果は期待できようが、そんな奇策はありえない。政府が僅かな介入を行うのが精一杯に過ぎない。
 有効な策があるなら、目下の超円高を解消して欲しいものである。TPPを主張する者は解消の方策を示し実行して見せてもらいたい。そうでないと無責任そのものである<注4>。


**<注4> 若田部教授、日本銀行による金融の大緩和政策を主張 *----
若田部早大教授は、円高対策として「日本銀行による金融の大緩和政策を行うべきである。」と、それがいと簡単に出来るかのように主張している。(若田部昌澄早大教授、前掲)。しかし、今や世界中で超金融緩和の時代に、その余地はゼロでないとしても、効果は限定的である。出来るなら今の超円高を解消して欲しいと要求したいものである ***

 世界に冠たる流石の日本企業も1ドル75円台では太刀打ちできない。企業から悲鳴が聞こえてくるのはやむを得ないであろう。本年11月8日に、トヨタが、2011年4~9月期の連結決算を発表し、営業損益は325億円の赤字に転落した<注5>。

**<注5>トヨタ、小沢哲副社長の発表 *------
「東日本大震災を受けた生産調整や円高進行が響き営業損益は325億円の赤字(前年同期は3,231億円の黒字)に転落した。」(日経電子版2011-11-8)。そして、小沢哲副社長は、「この6カ月間、超円高が急激に進行した。(中略) その後、収益改善に努めて6カ月で500億円の改善効果を出したが、この間に進んだ円高で打ち消され営業赤字となってしまった」と述べている。 ***


 戦後日本の技術と成長の象徴であったカラーテレビ生産が、円高の影響で日本から消えると報道されている。この有様は自動車や家電だけでない。多くの、これまで日本の花形産業も同じ運命にある。関税などよりも円高である。輸出企業はすべて同じ運命である。

 TPPは「長期的視点で考える」との意見もある。長期的であればあるほど、輸出が増えれば、円高傾向が激しくなり、メリットは消滅してしまう。


$3.「輸出競争力の罠」~輸出拡大が円高を生み、業績悪化を招く~

 円高圧力が高いのは、それは、日本企業が強いからである。強いから輸出を増やし、貿易黒字を溜め込み、円高になる。円高の結果、業績悪化や採算が取れなくなり、非正規雇用で賃金コストを引下げたり、海外移転の圧力がかかる。すなわち、

  「輸出競争力強化⇒ 輸出拡大⇒ 貿易黒字⇒ 円高⇒ 業績悪化⇒
  海外移転⇒ 非正規雇用増大や国内失業」

の悪循環に陥っている。これを「輸出競争力の罠」と命名する。
 個別企業が強いから、日本全体の国際収支が黒字を溜め込み、円高になる。その結果、企業は業績悪化に至る。日本全体もGDP減速や失業を生む。短絡的にいえば、強いから業績悪化を招き、海外移転せざるを得なくなる。

 日本企業は、戦後一貫して、「輸出競争力の罠」に陥っているのである。自分で自分の首を絞める結果になっているわけであるが、この歴史的事実に学ばなければならない。この事実は、過去の歴史でなく、現在と将来に当てはまる法則であることを学習しなくてはならない。

 だからと言って、各個別企業が競争力増強に注力するのは当然であり、これ非難しているのではない。ここでの問題指摘は、各個別企業は生き残りをかけて競争力を強めるが、その個別企業の行動と一国のマクロ経済政策は、時に矛盾するということである。これを「合成の謬説」<注6>と呼び、個々にとって最適の行動は、全体最適には必ずしも一致しない、ということである。それ故に、近年の国のマクロの経済政策が間違いであることを指摘しようとしているのである。

**<注6>合成の謬説(びゅうせつ)fallacy of composition *----
全員が個々の最適な行動をとったときに、全体では最適の結果にはならないことを指す。個々の企業や個人の最適な行動を対象とするミクロ経済学と、一国全体の経済の動きを対象とするマクロ経済学の重要な違いはここに現れる。ミクロ経済学のみを学んだ人は、マクロの経済法則を見落とす傾向にあり、この謬説に陥ることが多い。***

 国のマクロの経済政策は、一方的な輸出推進政策では、国も(企業も)墓穴を掘っていることに気がつかなければならない。TPPのような国の政策は、輸出促進一辺倒だけでは、国が成り立たなくなる。これはマクロ経済の法則の結果である。

$4.輸出関連の弱小限界企業が大打撃を受ける

 円高でも体力のある有力企業は海外移転を進め、現地事業展開で利益を確保でき、連結決算では好業績を達成する。しかし、部品など、海外移転できない体力のない輸出関連の中小企業は打撃を受け、店じまいせざるを得なくなるだろう。
 また、海外移転した強い企業は、円高により生き残りをかけて現地調達を一層進めることになり、日本の輸出関連の限界的弱い企業は窮地に陥ることは明らかである。

 つまり、TPP参加により、輸出関連のぎりぎりに採算が取れていた、限界事業や多くの中小企業も退場せざるを得ない羽目に追い込まれ、広範囲で衝撃的な影響がでるのである。

$5.TPP推進は、国内産業も深刻な打撃を受ける

 円高の悪影響は、それら輸出関連企業だけではない。
 輸入品がより安価になり、他の国内産業が一層の打撃を受ける。今でもスーパーや日用品雑貨、衣類などの多くが、中国等の輸入品に押されて、日本の生産は激減している。そして仕事が奪われているのである。これ以上の円高は、さらに多くの限界的な国内産業の生存を崩壊させるだろう。

 輸入品が安くなれば、消費者にはメリットがあると、エコノミスト(一般均衡論中心の経済学しか学んでいない人々に多い)の反論が聞こえてくる。それはそのとおりである。

 しからば反問しよう。安い輸入品に押されて国内産業が崩壊し失業したり低賃金化すれば、消費者は物を買うお金をどこから手に入れるのだろうか。働く仕事がなければ、収入がなくなることに気がつかないエコノミストは意外に多い。何故こんな簡単なロジックを見落とすのであろうか。自由貿易こそ善であるというドグマに陥っているのである。

 現に起きている日本の現状がこれである。米国も他の先進国も同様の経済現象によって失業が収まらないのである。偏った自由貿易は国内に大きな問題と混乱を引き起こすのである。

$6.為替レートは農林水産業へ致命的な影響を与える

 円高が、輸出関連と国内の工業分野にも衝撃的な打撃を与え、TPPのメリット・国益はないことが分かった。しかし、円高効果はそれだけではない。
 実は、農業、林業、畜産業も、もろに、工業以上に致命的な打撃を与えるのである。この論点は今まで議論されたことがない。(農林業問題は、別途の機会に再度検討するが、円高との関連で分析しておく。)

 まず、為替レートはどのように決まるのか?
現実のレートは、自動車や精密機械や電子部品など工業製品の、競争力の強い産業・製品の輸出額の大きさで決まる。そのレートが農産物にも無条件で適用される。これが農産物の問題をいっそう深刻にしているのである、

 設例で説明しよう。例えば、戦後のある時期、1ドル360円の時代に、日本では大豆10kg が360円(仮設例)であったとする。アメリカでは、同じ10kgが1ドルであったとすれば、日本産(大豆10kg 360円)は、米国産(1ドル)と、同じ価格となり、競争力は互角である。

 ところが、両国の大豆の生産性は変わらないが、為替レートが1ドル75円になったとする。米国産大豆は、10kg1ドル、日本産10kg 360円も同じである。その日本産10kgを米国で販売するには、360円の収入が必要であるので、360円÷75円=4.8ドルであり、日本産は4.8ドルで売らなければならない。4.8ドル以下では損してしまう。
 一方、米国産は、10kg1ドルであり、円高により4.8倍の為替ハンディキャップがついてしまう。

 逆に、米国産を日本で輸入販売するとどうなるか。日本国内で10kg360円に対して、米国産は75円で売れる。米国の農家は、75円でも1ドルの収入になり、採算が取れるのである。つまり、360円÷75円=4.8倍の価格差がでて、日本は価格で負ける。日本の農業は、4.8倍の為替ハンディキャップがつくのである。

 ここで、農家が頑張って、日米共に生産性が2倍に同率で上昇した場合でも、4.8倍の為替ハンディキャップは同じである。日本産が競争力を維持するためには、米国の4.8倍以上の生産性上昇を達成しなければならない。

 こんなことは誰がどう逆立ちしてもできない。日本の農業・林業は、山の傾斜を切り開いた山間地が多く、広大な平野は少なく、農家の耕地面積の100倍の米国や1,000倍の豪州には到底太刀打ちできない。

 日本の農業政策には問題だらけで、今後の改革が必要であることは共通認識であるが、しかし、世界に冠たる日本の工業製品の競争力で決まる為替レートに打撃を受けている現実からすると、見方によっては、このような為替で攻撃を受けながらも、今日のように維持できたのは、農家の努力があったとも言えるのではないか。

 そもそも、生物の生態系である自然生産物の農業や林業を、工業製品と同列に扱う経済学が未熟なのである。経済学者がそのような過ちを犯しても、我々は、経済学者は専門馬鹿で生態系に音痴なのだと非難すれば足りる。

 しかし、許しがたいのは、天下のNHKの論説委員までが、このような視点を失って、農業は改革改善を怠って怠慢であったとか、コメは保護され温存されたとか、言いたい放題を述べ非難していることである(双方向解説、そこが知りたい!「激論!TPP」11月3日午前10時05分~11時54分)。
 自然的地形の相違や為替レート問題を無視した、3流評論家的な、世間を惑わす暴論に怒りすら覚えたのは、私だけではないであろう。

$7.TPP参加すれば、経済成長が拡大し潤うか

 ここでもう一つ検討しておかなくてはならない論点がある。
TPP参加は、貿易の自由化で市場が拡大し、パイが大きくなり、全員が恩恵を受ける、という伝統的な経済学説が主張されている。
 そして、「パイを大きくすれば分け前」がもらえ、損する者がいない、つまり、ゼロサム(得する人と損する人の損得の合計はゼロ)でなく、プラスサム(損得両者の合計はプラスになる)である。そうであれば、損をする集団に(例えば農業に)手厚い補助を支給できるという理屈である。<注7>

**<注7> TPPはパイを大きくし、「プラスサム」になると主張 *-----
「市場の拡大が望ましいのは、それによって多数派がトクをするからではない。少数派のソンを上回るだけのトクが発生するからだ。」(中略)「プラスサムの世界では、事情は異なる。かりに日本がTPPに参加し、農業の関税が撤廃されて農家がソンをしたとしても、それは適切に保障してやることができる。」(若田部昌澄早大教授、「TPPの憂鬱 ―― 誤解と反感と不信を超えて」、SONODOS JPOURNAL 2011-11-9)***

 第1に、果たして内需のパイの拡大が簡単に可能か。
現在の日本はすでに実質GDP539兆円に達して、物が溢れ、成熟した経済状態である。基本的には各家庭には家具も家電も、そして自動車ですら概ね揃っている。住宅も地域偏在があるが過剰で空き家が735万戸(2008年)と多い。介護なり農業分野なり自然エネルギー開発などがまだ成長分野があるにはあるが、巨大ではない。

 それ故に、大きな成長、パイの拡大やプラスサムを期待することがそもそも無理である。この20年間も無理に成長させようとして、財政支出に頼り、その結果、世界一の巨額の財政債務国になっているのである。
 戦後の皆が貧しかった時代や高度成長時代とは全く違い、現在は成熟した経済であり、状況がまるで異なっていることを認識していない。高度成長時代の経験や夢をまだ抱き続けている時代錯誤もはなはだしい。

 第2に、内需が難しく、日本経済の拡大とは、結局、輸出に依存することになれば、日本からの輸出拡大は、これまで縷々述べたとおり円高を引き起こし、「輸出競争力の罠」に陥るのである。結果、TPPの意に反して、日本の国内経済や雇用は縮小と混乱に至る結果になろう。

 第3に、第1や第2のように経済の拡大が出来ない場合に、TPP参加で犠牲となった産業、これは農林業分野だけでなく、$4(輸出限界企業)や$5(国内限界企業)の崩壊と失業増大に、十分な補償ができるというのであろうか。そんなことは夢のまた夢である。

 多くの著名な経済学者がこうした幼稚な俗論に取り憑かれているが、これをどう表現してよいか、形容する言葉がない。

$8.「日本は貿易立国」であり、参加しか選択肢はないのか

 これはマスコミや一般の人に広く流布し、ほぼ共通になっている感情であり、想念である。日本は貿易立国であったことはそのとおりである。戦後一貫して、資源を輸入し、加工貿易で経済成長してきた感傷からきている。

 しかし、前節$7の第1で述べたように、高度成長期と現在は日本と日本の環境は激変していることを認識しなければならない。そして、$3(国際競争力の罠)やその後の$4(輸出限界企業)や$5(国内限界企業)で述べたとおり、国内産業は致命的な打撃を受けるのである。
 いくら貿易立国だからと言っても、国益に反し、損までして無理な貿易拡大をすることはありえない。これは、野田総理の言葉を引用するまでもないであろう<注8>。

**<注8> 野田総理「国益を損じてまで交渉参加はしない」*------
野田総理は、11月15日の参議院予算委員会で、「国益を損じてまで交渉参加はしない」と、自民・山本一太議員の質問に答えた。その後、このことを繰り返し述べている。TPP賛成の「みんなの党」ですら、日本の優れた社会制度の質的レベルを下げるような参加には反対なのである。当然である。***

$9.TPP不参の場合どうなるか~全く不利にはならない、逆である

 では逆にTPPに参加しない場合はどうなるか、検討しよう。
 まず、日本がTPPに参加した場合、日本企業は、円高進行により、低賃金で消費地に近いTPP圏内に子会社や事業所を持ち事業を展開することになる。これまでに吟味したとおりであり、これは止められない。

 さて、TPPに参加しない場合でも、日本企業は困ることはない。なぜなら、日本企業はTPP圏内に子会社・事業所を作り、その事業はTPP圏内のルールの適用やメリットを当然に受けるのである。例えば、自動車では、メキシコで生産し、米国に輸出すれば、TPP参加のメリットを享受できる。現にそうした運営が始まっている。

 参加してもしなくても、海外移転で日本の雇用が打撃を受けることは間違いない。しかし、参加しない場合、日本からの輸出が増えない分だけ、円高圧力から逃れることがきるので、円高進行が緩和されるか、場合によっては、円安傾向も期待可能となる。円高なら淘汰される限界企業が生き残れる可能性が残るメリットも期待できる。

 日本の持続性の観点からは、食糧自給率の確保や地球の自然環境破壊を守る多面的効果を持つ農耕林業等がより維持しやすくなるのも利点である。
 (本項は、関税ゼロ、貿易拡大のメリットの論点に絞った検討であり、その外の分野の不参加メリットは別の機会に述べる)


 以上、冷静に経済法則から分析すれば、TPP参加のメリットが主張されている「工業分野」ですら国益は実は何もないどころか、逆に悪影響の方が大きいことがお分かりなったであろう。


$10.補論1:自由貿易推進で米国の後を追う日本~貿易ハンディが必要~

 戦後に限定しても、米国は自国産業の売り先市場拡大を目指して、他国に迫って自由貿易、自由化を無節操に推進してきた。その結果はどうなったか。
 周知のとおり、米国は逆に自国の産業が競争力を失い、多くの産業は空洞化している。20年前までは日本に、今は中国やメキシコ、韓国企業等に押され、失業が溢れている。輸出では、農業やIT、飛行機防衛産業以外に目ぼしいものがない。(金融は実体経済ではないので除く)。これが、自由化の帰結であり、歴史的事実であるし、将来に当てはまる経済法則である。

 現在の日本は米国の姿を後追いしている。日本は、まだ技術、品質、生産性などに優位性を持っているが、しかし、自由貿易の徹底と円高で日本国内の空洞化が進んでいる。星 浩・朝日新聞論説委員は、TPPの推進大儀は、「日本の繁栄の源となった自由貿易を守り、広めていくという理念」(2011/11/6朝日新聞)だそうである。

 しかしながら、そんな自由貿易で国益が守れるのか。ここはよく考えたい。
丸裸になってはリスク防御も何もできないことを知るべきである。人体に比喩するならば、外敵に対する免疫機能や衣服は残さなければ病気になってしまう。自由貿易偏重でなく、国益や国民が生活できる環境を守るために、一定の保護すべきものや守らなければならないものがあることは当然である。

 さもないと、経済の平準化法則にしたがって、途上国の発展とともに、日本は窮乏化する。戦後日本が営々と倹約と勤勉と努力で積み上げた日本の蓄積や生活の質的レベルなどが、経済発展段階の異なる途上国に対して丸裸になって自由競争に晒せば、散々な目にあうことは自明である。

 互恵貿易なら、ゴルフのハンデイと同様に、貿易ハンディも必要であり、国益を守り国内の仕事を確保し、国民の生活を守るような、新しい貿易ルールの提案こそ、日本の取るべき立場であろう。私は、これを国際協調型自由主義と命名しているが、この詳細は別の機会に述べたい。

$11.補論2:国際収支は過剰な赤字も黒字も不均衡になる

 貿易では、ある国の貿易黒字は、同額だけの他国の赤字であること、これが重要である。黒字赤字の合計がゼロ(セロサム)になる。
 貿易の場合、一国だけが稼ぎまくって、他の国が赤字であれば、赤字国はたまったものではない。輸入超過国が続けば、必ず破綻に至る。輸入超過の米国しかり、ギリシャしかりである。(ギリシャは財政赤字が騒がれているが、その裏には、ほぼ同額の貿易赤字がある。)

 一方で、黒字国は、一旦は勝ったと喜ぶかもしれないが、為替レートの変動が起きて、調整されるメカニズムが働く。輸出超過国は、通貨高(円高)に至る。そして、通貨高で輸出企業は業績悪化に、失業増大に至る。つまり、黒字国も赤字国も、その状態は持続可能ではないことは明らかである。

<追補:2011年11月30日追加>-------
80年代には、世界に競争相手なしと騒がれ、日本企業の一人勝ちで、日本は貿易大幅黒字、米欧など他国は大赤字となり、失業も増加した。米欧から、「集中豪雨」のような輸出として非難され、自動車貿易摩擦も起きた。日本は勝ち誇り浮かれたが、貿易赤字を抱える米欧はたまったものではない。

米国は、トヨタなど日本の経営を研究したが、一方で、自国を日本より強くすることが困難とみるや、日本国内の内需拡大を迫り、さらに、競争力の源泉である日本型経営の特徴叩きを開始し、90年代には日米構造協議や、2000年代には、小泉改革である、年次改革要望書(Recommendation)などで、日本の強みである特徴の切り崩しにかかったと見ることができる。

貿易では、節度を外れた自由貿易で圧倒的に強い者は、経済の均衡が取れず、為替で調整されて、結局、逆に窮地に陥る。その状態を現在に日本が受けている。
慈雨なら皆が歓迎し幸せになるが、集中豪雨は甚大な被害を生み、規制や政策で阻止しなければならないのは当然である。このような簡単な原理が貿易にも当てはまる。
------------

 各国において、基本的には、輸出輸入の貿易収支と貿易外収支を入れた国際収支がほぼ同額で均衡している姿が本来的な均衡状態である。
 世界の各国の経済政策も、国際収支の均衡の視点が重要である。全ての国で競争力の強化を強調する議論を展開する学者がいるが、マクロ的にはそれは必ずしも正しくはないのである。過剰な黒字も、必ずその仕返しが来るのが経済法則である。

$12.補論3:貿易黒字の優秀国であった日本は、今や、世界最悪の財政債務国

 日本は、比類なき競争力を持つ、戦後一貫して輸出立国、貿易黒字の優等生であった。今でも黒字である。その優秀な国が、今や、日本の財政債務は、名目GDP約475兆円の2.2倍以上の1,000兆円を超えている。返済の目処も、年々の財政支出の削減すらもまったく目処が立たない。GDP比率で言えば、世界最悪であり、破綻寸前のギリシャの160%、イタリアの120%から見ても、飛び抜けて最悪になっているのである。
 この状態に至ったのも、大雑把に言えば、輸出競争力の罠に陥り、米国に内需拡大を迫られたり、円高の経済停滞対策ために、継続的な財政支出や減税を行った結果である。

  輸出拡大 ⇒ 円高 ⇒ 企業業績悪化 ⇒ 非正規雇用・失業の拡大 ⇒ 
  経済成長促進やリーマンショック対策で財政支出を拡大。

こうした循環を繰り返した結果、1,000兆円にも達する財政債務に至っているのである。

$13.補論4:円高対策は限定的で税金投入しかなく、財政赤字を拡大する

 TPP参加し輸出競争力の罠($4参照)や円高不況になれば、政府のとりうる政策は、せいぜい、税金を投入して、為替介入(ドル買い)するか、産業振興支援程度しかなく、非常に限定的である。日本銀行の金融緩和政策も非常に限定的である。

 為替介入は介入の一時期は落ち着くが、輸出が拡大すれば、すぐに円高に戻る。さらに為替介入は、介入により購入したドルは、円高が進行すると、国に為替差損がでて国民が損害を受ける。<注9>

**<注9>保有外貨準備資産等の為替差損 *---------
日本が保有している外貨(準備)資産は、10月末で、総額1兆2,098億ドル。証券が1兆1,158億ドルである。非公表であり詳細不明であるが、多くは米国債で保有される。為替差損も正確には不詳であるが、1ドル77円になった場合、単純に試算して、仮に購入時が200円であった場合には123兆円程度の為替差損が、1ドル100円であった場合は23兆円程度の為替差損を抱えることになる。(ただし、この場合、保有する証券から年々金利を受け取るので、受取り金利額分は控除が必要であるが、無視している)***

 為替介入の原資は税金(=国の借金)である。産業振興支援策も税金である。これらは、財政赤字を積み上げる。現状以上の赤字財政、政府債務の積み上げは日本経済の死を意味することを自覚しなければならない。

(TPPに関連するので長々と書きました。最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。TPPの農業等の分野は次回の機会に投稿します。疑問、反論、コメントがあればお寄せください。)

1 件のコメント:

  1. 感覚的に、TPPに加入すると弱体化した(小泉政権の自由競争・規制緩和の失策)経済&政局と交渉・駆引きの出来ない外務省(退き帰す事が出来ない)では、台頭して来た中国、韓国(加入を表明してない?)脅迫政治の米に、到底勝ち目は無いのではと思います。
     日本の財政債務=国債は、粗国民が買っているので、ギリシャの様に為らないのだと思っていましたが、外人買いが始まっていると聞いて人事ではなく,況して保有外貨準備高が米国債だとすると、ダブルの為替差損と言う事でしょうか? 
     大企業の輸出を守る為に中小企業と農業を犠牲にして、日本を守れると本気で考えてるのかと疑問と情け無くなります。第一次産業を疎かにしていると、生息して行かれないという事を忘れているのではないか。自動車を食べて生きて行かれると考えているとしか思えません。食糧自給率の低い日本は以前の干ばつで食糧危機で外米の輸入でパニック状態に陥った事、中華餃子事件等々を忘れてしまったのか。
    3年で日本は崩壊すると言う人が居ると聞きましたが、頷ける様な気もします。
     幼稚園児の喧嘩の様な与野党の政治を見ていると、後何十年後かには米国領日本、中国領日本、ロシア領日本に為ってしまうのではと危惧しているのは私だけでしょうか?

    返信削除