2011年1月19日水曜日

第8回 自然均衡が成立しないもう一つの理由 <大量採取技術進歩>

  自由放任すれば市場が正しく判断し、自然均衡するという主張に対して、自由放任だけでは自然均衡は成立せず、政府の介入や規制が必要であることを、第5回では、現実に存在しない「完全競争」の前提や「市場の失敗」(市場の欠陥)の観点から、第6回では、悪意を排除するメカニズムがないという観点から述べた。

  もう一つ、経済学者が明示的に論じていない盲点がある。それは、大量採取技術と大量輸送・長期保存技術の発展があり、自然条件とは全く様相が異なり、自然的な均衡は絶対に実現しないという点である。

  自然界の世界では、動物は自然の中で自由に、弱肉強食で生きている。優勝劣敗、弱肉強食でありながら、百獣の王ライオンが一人勝ちしたり、他の弱劣な動物が滅び去っている訳ではない。動物は自分の生存に必要な量しか狩をしないからである。また、無用の殺戮もしないし、付け加えるならば、人間のような悪意の知恵の行為もないし、貨幣へ執着するような、無限の欲望を満たそうとする強欲性もない。(注1)

  (注1) 如何に強欲な人間が金融投機に集まっているか、2008年の金融危機の際に明らかになった。
この危機で公的資金を投入して救済されたAIG (American International Group:米国の保険会社)では、新CEOは、投入資金から役員・幹部社員164人に総額1億6,500万ドル(約158億円)の臨時ボーナスを、13日金曜日の夜に支給したのだという。さらに、AIGは2010年までに約400人に対して最大で計4億5000千万ドル(約440億円)支払った。
バンクオブアメリカの傘下に入って救済された証券大手メリルリンチも、2008年12月に約36億ドル(約3,600億円)のボーナスを幹部に支払った。 幹部4人のボーナスは計1億2,100万ドル(121億円)に達した。約700人が1人当たり100万ドル(1億円)以上を受け取っていた。
 AIGのCEO、Edward Liddyは、「ボーナスを支払ったのは、会社再建のために優秀な人材を確保しておきたかったからで、会社の将来を考えると必然の対応だった」と述べた。“優秀な人材”とは金の欲望にまみれた人間ということであろう。これが行き過ぎた、理念なき自由主義の帰結でもある。
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  これらの特徴により、自然界では絶対的に強く一人勝ちするものがいない。例えれば、「ジャンケン」の世界である。弱肉強食のジャングルの法則(自然法則)でありながら、多様な生物が棲み分けて生存し、相互依存し、共生し、自然秩序を形成している。人間が恣意的に介入する必要はない。

人間も自然の進化の産物であると、ダーウィンは説いた(注2)。人間の営みも、またその経済の法則も、「自然法則」と同じ法則が当てはまると考えられたのである。

 (注2) ダーウィンはケンブリッジ大学卒業直後の22歳、1831年にビーグル号に乗って南米ガラバゴス諸島を探検し、自然選択説を考えた。ダーウィンは、マルサスの「人口論」(1798年出版)に影響を受けたと述懐しているというが、1859年に「種の起源」を出版して、進化論を展開した。人間は神の子でなく、長い年月の自然の中で進化してきたというのでる。つまり、人間も他の動物と同じように、基本的に自然の産物であり、過酷な生存競争をしながら、自然の中で生きてきた。自由放任であったというのである。この自然思想は、啓蒙思想(第3回参照)の発展ともに普及し、経済学にも大きな影響を与えた。
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 しかし、人間も自然進化の法則に従ってきたのであっても、原始時代なら兎も角、現代の、大量捕獲技術保存技術、さらに強力な道具(機械や設備や工場等々)が開発された現在においては、それらのない自然世界とは全く状況を異にするのである。

 人類の英知は、自然資源の大量捕獲・採取、長期保存と大量輸送を可能にした。さらに、工業技術の発達で自然資源の加工が進み、大量消費に至っている。この状況で自由放任であれば、資源を根こそぎ採取獲得し、資源枯渇を招くことになるのである。残念ながら、自由競争のモデルには、乱獲を防止し資源の再生産を維持するメカニズムはビルトイン(内蔵)されていないのである。

過去と現在の経済学では、資源は供給が有限であるのに、その有限性や自然の再生産能力がモデルに入っていないのである。持続的に生存可能な資源利用などの問題は、経済理論には存在しない。(注3)

 (注3) 経済理論における資源問題は、“有限な資源”の最適な配分が、自由市場の価格メカニズムを通じて、達成されという意味においては、資源は有限であることが前提とされている。しかしながら、例えば、魚や木材などなど再生産資源では、自然が再生産する量と捕獲量を均衡させるようメカニズムは市場の機能には存在しない。“市場の外部”から規制しないと、乱獲し、資源枯渇にいたるのである。資源保護には、政府や協定などで“適正に”規制する以外に方法はないのである。
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 現実に、乱獲や資源枯渇が大きな問題になっている。問題を認識する人々や国や機関で問題提起され、国連や国際的な協定により、かろうじて保護や養殖の運動が進められているのである。自由放任ですべてがうまくいくわけではないのである。

この問題は、地球環境問題(各地域の大地、河川、海、大気など)にも当てはまる。大気汚染も、CO2排出も、汚染源企業に防止させることは、法律や協定で規制しなければ、自由競争市場の放任ではできない。自由市場がそれらを自律的に達成する保証はないのである。

 これまで、自由競争に内在する欠陥を理論的に検討してきた。
何故か、殆どの経済学者は、自由競争の理論的欠陥を忘れているか、見落としているか、ともかく言及しない。経済学者とは不思議な存在である。

 そして、時流のエコノミストやテレビ報道やニュース解説でも、(良識を標榜する)朝日新聞のようなジャーナリストでも(注4)、「市場が全て正しく判断する」という前提で論調している。

 (注4)朝日新聞など、良識を標榜すればするほど、ミスリードし、欺瞞となってしまうことを自覚すべきである。小泉自公内閣の自由化路線を無批判に正当な改革と報道し、世論を煽り進めたが、その責任をとらないマスコミは、「責任を取らない市場」と同類であろうか。
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 彼らは、この欠陥に思いをいたすことなく、「自由化すれば全てうまくいく」という市場神話を振り撒いている。今や「自由化は避けがたい」という時代の「空気」を作っている。彼らは、そう言っていれば、革新的な論調をしたと思っているらしい。

 自由市場体制は、各人の利己心、つまりは欲望をベースとして、資本の強大な力が働くために、莫大なエネルギーを持ち、経済を推進することは確かである。しかし一方で、自由市場の欠陥や限界による強い弊害や副作用を伴うので、これらを抑制する政策が避けがたいのである。このことをしっかり認識しておかなければならない。

 その上で、無用な規制や矛盾する規制の改革に取り組まなければない。規制には役割を終えたものや、不当な既得権益もある。この点は、第5回の最後の「フリードマンの法則」をご覧ください。

 自然法則には結局逆らえない。しかし、自然法則を利用することはできる。自然科学や技術、医学などは、この自然法則を利用して人類に福祉をもたらしている。もっとも、原子爆弾や化学兵器のように、人類の福祉の観点では絶対悪と判断されるようなものもあるが、自然法則をどう利用するかは、人間の知恵であり、自然法則自体にあるのでないことは明確である。

 自由市場の法則を人類や国民福祉のために、利用する英知が必要である。人間の知恵と価値創造の問題である。原子力利用には適切な制御がなければ利用できないし、放射能の副作用を適正に管理しなければ福祉に役立たないと、全く同じである。

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