2010年10月1日金曜日

第7回 特別版 ワシントン・コンセンサスの終幕

 昨日(9月30日)の朝日新聞(朝刊15面)において、ワシントン・コンセンサス(ワシントンの合意)が事実上終幕する記事が載った。世界銀行のゼーリック総裁が、9月29日の講演で、「世界経済に地殻変動が起きているなかで、思考の枠組みも変わらなければならない」、「新たな多極的な世界経済には、多極的な知識が必要である」と表明したとのことである。
 私が本ブログで批判する最大の標的の一つは、新自由主義的な経済政策を掲げるワシントン・コンセンサス<注1>であった。今回はテーマの予定を変更して、特別号としてこの問題を取り上げたい。

<注1> ワシントン・コンセンサスとは、「ワシントンの合意」の意であり、米国政府(ワシントン)、IMF、世界銀行が、世界の全ての国がとるべき経済政策についてConsensus“合意”した政策で、下記の10項目を指す。
ワシントン・コンセンサスは、1989年11月のベルリン壁崩壊から、さらにソ連の崩壊(1991年12月)を見越して、発展途上国のあるべき経済政策について、80年代に起きた金融危機の経験も踏まえて、1989年に、ワシントンの米国のシンクタンク、国際経済研究所のジョン・ウイリアムソンが発表した経済政策であり、規制撤廃、自由化推進で米国流の政策であった。
  1. 財政赤字の是正
  2. 補助金カットなど財政支出の変更
  3. 税制改革(高額所得者、企業の減税、消費税増強)
  4. 金利の自由化(規制の撤廃)
  5. 競争力ある為替レート (為替の売買自由化)
  6. 貿易の自由化
  7. 直接投資の受け入れ促進 (産業投資、M&A投資 ⇒ファンド投機へ)
  8. 国営企業の民営化
  9. 規制緩和(労働法制の緩和、郵便・運輸・通信業界など業界規制緩和)
 10. 所有権法の確立

 米国は、1990年代以降、国際機関を督励して、また、国際機関も米国の言いなりになって、各国に押 し付けてきた。さらに米国では、シカゴ大学を震源地として、全米の大学に流布し、米国に留学した MBA (経営学修士)など学生や研究者を通して、世界に伝播してきた。流行性疫病が全世界に急速に 感染したかのようであった。流行を誰も止めることが出来なかった。
 
 日本でも、渡米した留学生や客員研究員が感化されて帰国して、あたかも米国の伝道師の如く自由主 義的な改革を主導してきたのである。ハーバード大学の客員准教授やコロンビア大学ビジネススクー ルの客員研究員などの輝かしい経歴を持つ竹中平蔵氏や、一昨年12月、新自由主義から決別し転向し て世間を驚かせた中谷巌氏もこれらの研究者である。(参考:中谷巌氏は、自著「資本主義はなぜ自 壊したのか」2008年)


 ワシントン・コンセンサスは、何故かマスコミ報道も少なく、日本ではあまり知られていないが、1990年以降、日本において、米国が要求する経済政策は、この内容がベースとなっている。

 まず、対日貿易赤字と財政赤字の双子の赤字に悩む米国は、1989年~90年にかけて、日本に、構造改革を迫り、日米で構造協議を5回行い、その最終報告書<注2>が海部内閣により1990年6月28日に、父ブッシュ大統領宛に提出された。

 <注2>日米構造問題協議最終報告は、次のような宛先と書き出しで始まっている。
 日米構造問題協議最終報告
 平成2年6月28日
 アメリカ合衆国大統領        日本国総理大臣
   ジョージ・ブッシュ閣下       海部俊樹閣下
 1989年7月の経済サミットでの日米両政府首脳による決定を受け,日米の構造問題協議作業グル ープは,別添の構造問題協議共同報告書を提出致します.(以下略)


 米国は、「大店法の撤廃」、「政府・自治体による米国製スパコンの入札参加の自由化」「通信衛星の購入の自由化」、「米など農産物の自由化」等の市場開放を迫ってきた。
 海部内閣は、内需拡大政策として、コンクリート中心の公共事業430億円の支出を約束した。このころ田舎に帰省したときに、農家の先輩から、430兆円の公共事業が決まったので、我々田舎も潤うと思うよ、とう趣旨の話しを聞いたことを覚えている。

 その後、村山内閣時代、1994年に、米国のさらなる要求に迫られ、社会資本整備200兆円を上積みし、630兆円に膨らんだのである。これが、現今の財政赤字の元凶になっていることを認識しておかなければならない。

 その後、1996年1月の橋本内閣が、日米構造協議をさらに進める、「6大改革構造改革」を打ち出した。バブル崩壊後の不況対応により財政改革は積極的には手が打てなかったが、1999年には労働者派遣法の緩和が、2000年6月には大店法の廃止が施行されるなどがあり。規制緩和の方向が進められた。
 1.行財政改革    2、財政構造改革    3.社会保障構造改革
 4.経済構造改革   5.金融構造改革    6.教育改革

 次いで、2001年に、小泉・自公政権は、米国の要請により、(年次改革要望書)を交換し、「改革」の旗を掲げ、われわれは、「改革に聖域なし」、「改革に痛みが伴う」、郵政改革が改革の本丸」などの叫びを聞いたのである。

 こうして、約6年間の小泉・自公政権の治世を終えてみると、非正規労働者の激増、年収200万円程度のワーキングプアーの激増、若者の雇用不安、医療の崩壊、学級崩壊、介護・高齢者の生活不安、農業の崩壊、保育園・幼稚園の不足、所得格差の拡大などなど、社会の不安と混迷が増加した現実に直面したのであった。

 こうした事態は日本だけでなく、新自由主義を導入した国々は、本拠地のアメリカもヨーロッパも、つまり全世界的に同様の問題を抱えることになったのである。ワシントン・コンセンサスは、その最大の元凶の一つであった。これが世界銀行において見直されることになったことは、リーマンショックによる金融危機が契機となったとはいえ、彼らの自律的で、真摯な現実認識は十分に評価される。

 ワシントン・コンセンサスを支持し、規制緩和・自由化推進してきた日本の経済学者や世論を煽った(今でも煽っている)マスコミも反省し、何が起きているか、もっと経済の現実を直視すべきであろう。現実に起きていることを直視すれば、新自由主義/市場原理主義の経済理論と政策がとっくに破綻していることが分かるであろう。

2010年9月2日木曜日

第6回 自由主義に悪意排除のメカニズムが内在するか

前回は、第1に、自由競争が秩序ある均衡をもたらすのは、市場が“完全”競争であるという前提が必要であり、この前提は現実にはありえないこと、第2に、自由競争市場だけではうまく均衡しない「市場の失敗」といわれる欠陥が内在していること、これらのために、政府の政策や規制が必須であることを示した。規制の緩和や撤廃だけでは、自由競争の歪が必ず伴うのであり、このことを明確に理解することが重要である。正解は、自由主義に適切な規制の組み合わせが必要なのである。これを秩序型自由主義と命名したいと思う。

今回は、自由競争の原理に、もう一つ重要な欠陥があることを検討する。それは、自由競争の原理の中に、嘘、姦計、悪意や不正義を排除し防御するメカニズムがビルトイン(内臓)されているか、という視点である。自由競争の原理の中に、排除のメカニズムがビルトインされているならば、自律的に排除されるのでそれを信頼すれば足りるが、そうでなければ、排除防御のメカニズムを市場の外部から、政府の規制として与えなければならないであろう。

人間には、残念ながら、嘘や姦計など様々な悪徳が、美徳とともに内在しており、虚偽、詐欺、詐取、横領、背任、偽装などの社会的不正義が蔓延していることを否定する人はいないであろう。

高校教師であった尊敬する先輩E氏は、「人は、他人(ヒト)が見ていなければ何をするかわからない」と喝破したが、人間の心理、真理であろう。人間が利己心だけで行動するとすれば、何をするかわからないのが、人間の性である。全ての人間はこの悪徳の性質が観察されるし、社会的不正義の行為は大なり小なり毎日報道されるとおりである。

結論を述べるなら、自由競争の原理をどうひっくり返しても検討してみても、悪徳や不正義を排除したり防御する仕掛けは内在しないのである。自由競争のメカニズムを提唱したアダム・スミスは、国富論において<注1>、「正義の法を侵さないかぎりは」各人は規制や特権を廃止して自由に競争できると、自由競争における前提をつけているのである。

<注1>「各人は正義の法を侵さないかぎりは、完全に自由に自分がやりたいようにして自分の利益を追求し、自分の勤労と資本をもって、他のだれとでも、他のどの階級とでも、競争することができる。」(国富論Ⅱp511。大河内一男監訳、中公文庫)と述べている。

「正義」とは、他人の生命、身体、財産、名誉を侵さない」ことである。自由主義理論では、「正義の法を侵さないかぎり」、自由競争の公平性や社会的秩序が達成できるのである。もし、市場参加者が、嘘や悪意により、虚偽、詐欺、偽装、横領、背任等を行おうとするときに、その歯止めのメカニズムは市場原理には内在しない。それ故に、自由市場の機能を保証するためには、市場の外部から、法律や規制でそれを抑制することが必要である。<補足1>

<補足1> ミルトン・フリードマンは、アダム・スミスの前掲の部分(注1)を引用し、「自由とは、責任を果たせる個人のためにだけ、その達成を主張できる目的だ。われわれは、狂人や子供たちも自由を持たねばならないとは、信じていない。」と述べている。(「選択の自由」p54西山千明訳。日本経済新聞社)。
ミルトン・フリードマンは、こう述べながら、子供の責任は親であるべきなどと展開するが、本来の「責任」の問題は言及深化されていない。しかし、フリードマンも、自由と責任は一体であることに自覚は十分にあると思われる。また、この責任とは、市場参加者が悪意や不正義を行わないことを意味していると思われる。

嘘や悪意を排除し、正義を実現するメカニズムは、自由競争市場の信頼性を左右する非常に重要な点であるにもかかわらず、経済学の教科書において、殆ど語られていないのである。新自由主義を喧伝する人々も、多くの経済学者も、このような欠陥を自覚しないか、無視している。<補足2>

<補足2> ごく最近、朝日新聞の記事で、小林慶一郎教授(一橋大学)が、公平な市場ルールの確立の必要性に言及されていたが、このような視点は多くはない。曰く、『市場ルールを無視する拝金主義者は、ルールを守る人々のまじめさにつけ込んで、市場システムを傷つける。市場システムを守るという覚悟からは、自然と「商取引における誠実さ」「労働者、経営者、投資家の間の所得分配の公平さ」「他者の活動への寛容と敗者復活の機会均等」などのルールが導き出されるはずだ』、と。(朝日新聞2010年8月25日「Opinionザ・コラム、小林慶一郎、「価値として守る覚悟持て」。) 
小林教授の主張は、このルールがどのように形成されるべきかについては明らかでない。しかしながら、これが自由市場システムの中で自然発生的に確立するわけではないことだけは確かである。

繰り返すと、利己心の自由な発露が自由競争市場を通じて社会の秩序をもたらすというとき、利己心と同時に、人間の徳性である、正義心、正直、誠実、尊厳、他人を思いやる心や慈悲心が、フリードマンの言葉に置き換えれば、責任が、働くことが前提になるのである。

利己心や欲望は自然に成長するので、教育等により煽る必要はない。しかし、人間の徳性は、教育等で意識的に育てないと育たないので、この育成政策が重要である。
他方で、しかし、教育だけで嘘や姦計がなくなるわけではない。法律や規制によりきちんと担保しないと、正義は実現しない。

現実には、近年の規制緩和、自由化により、メリットがあった一方で、それ以上に酷い副作用が出ているのが多くある。派遣法の自由化、金融、投資の自由化など顕著である。村上ファンドやライブドアの堀江氏のように、「金儲けが何故悪い」と主張するも、金儲けには何をしてもよいわけではない。時間外取引や仮装の売り上げ計上など、嘘や姦計を用いた金儲け、詐欺、詐取は犯罪であり、規制されるべきであるということである。

規制緩和・撤廃は、新産業や新企業の出現により一時マスコミ等でもてはやされた一方で、その抜け道を突いて、姦計や悪知恵のある悪徳業者が跋扈バッコし、詐欺や詐欺まがい、そして搾取などが多く起きた。労働者派遣法解禁で起きた。フルキャストやグッドウイルが有名である。さらに、規制の盲点を突き、貧困者から詐取する貧困ビジネスなども流行っているのである。

政府の規制に問題がないわけではないが、しかし、規制をなくせば世の中はもっとよくなる式の発想は、そう単純ではないことを明記しなければならない。

フリードマンは、『(前略)われわれが学びとらなくてはならない教訓は、「どんな政府による介入も、決して正当化されない」ということではなくて、「どうして政府による特定の介入政策を必要とするかの証明が、その特定の介入政策を主張する人びとの責任において、提出されねばならない」ということだ』(前掲書p53)と、規制の必要性を検証する制度を確立すべきと説いている。規制の必要性を検証する制度は当然であるが、逆に、規制を緩和廃止する場合も、同じく、その効果と弊害・副作用を十分に検討し、弊害の緩和措置をとらねばならない。

小泉改革時代は、ほんの一握りの偏った緩和推進派が、諮問会議などの蓑を借りて、粗雑な緩和策を、十分な検討もなしに拙速に進め、逆に、問題を指摘し、反対する意見に対して、旧守派だの改革抵抗派だのとレッテルを貼り、マスコミが大々的にそれを報道したのであった。
その結果は、緩和を推進したほんの一部の利特者がぼろ儲けし、その儲けは、他の多くの人からの搾取や詐取(詐欺的な儲け)であったり、あるいは、社会保障や医療崩壊、(小中)学校崩壊などをもたらした。公平な市場の確立ではなく、その利特者の利害の改革となったのである。

<参考> 
グラスゴー大学で道徳哲学・倫理学の教授であったアダム・スミスは、国富論の先立つ、「道徳感情論」(初版1759年。改定第6版)において、人間の「同感sympathy」が、善良な第3者的な判断を行うことで人間の良心を形成し、悪事はしない、というような人間観を展開している。この人間観に立って、国富論で自由競争原理を展開している。
なお、「道徳感情論」の訳者、水田洋・名古屋大学名誉教授は、現在の自由主義の主張には誤解があると、述べる。アダム・スミスは、『「もうかるならなら何をやってもいい」とうようなことは言っていないのです』、『彼の言う自由競争とは、人がそれぞれ利益を求めているなかで、お互いに「同感」でき、納得できる程度に、自主規制するような状況を指しています』とのことである。(朝日新聞「自由競争に誤解あり」、2009年11月7日夕刊)。いずれにしても、善良な市場参加者を前提にしているのである。理不尽な殺人や傷害事件、詐欺、偽装の多い人間社会にあって、そのような前提はありえない。

2010年7月14日水曜日

第5回 秩序型自由主義―完全競争・市場の失敗

「何時になったら、『経済学者に騙されるな』の本論が出てくるのですか?ブログなので、端的に本論を述べる方がよいのではないですか」という趣旨のコメントいただきました。確かにブログではそのスタイルがより似合うと思いますので、全く同感です。バックグラウンドの説明が結構長くなってしまいましたが、今回から、その本論に入っていきます。

 経済学者に騙されるな、の主張は、実は、学生時代に授業で、伊東光晴先生から、当時著名な英国経済学者、ジョーン・ロビンソン女史が、経済学を学ぶ目的は経済学者に騙されないようにするためである旨を述べているとお聞きし、その後頭の片隅に生き続け、忘れたことはなかった。この20年程前から随分いい加減な経済政策を時流に乗って喋りまくり、この国と世界を誤りと混乱に導いた経済学者・評論家、マスコミエコノミストが目立ち、ジョーン・ロビンソンの名言がイキイキと迫るのである。例えば、雇用問題はマクロ(巨視的)経済の雇用の総量が問題であるのに、無視して(恐らくこれを知らない)、職にありつけないことは個人の自己責任であると、ミクロ(微視的)理論ばかり展開している。これは本当の解決策の政策ではない。何にどう騙されないようにすべきか、本ブログはその概要を展開することを意図している。

 さて、アダム・スミスの自由放任は、いろいろな考えや趣向好み、利害を持った多数の人々が市場に自由に参加し、それらの全員の意向が市場において調整される結果、資源の最適配分が実現する。ここで決まった資源・商品の価格や賃金や資本の利潤は、公正な価格であり、“社会正義”も実現するということであった。

新自由主義のフリードマンとその信奉者の主張は、自由市場の自然均衡に深い確信を根拠に、あらゆる規制を緩和しろ、自由競争に任せろ、そうすれば、すべてうまく行くとの一点張りであり、規制や政府の介入は自然均衡を歪めるという。

 現実の歴史的な経験はどうであったか。
経済成長や繁栄は、シュンペーターの言う「イノベーション」(技術革新や組織経営革新を含む革新)等により“一定の時期”やある地域において実現してきたが、しかしながら、「自然的均衡」状態や社会秩序の達成は、長期的持続的には実証されていない。(ご存知の方があればご教示願いたいものである。)。

歴史的事実からしても自然均衡や秩序が達成したような時代は観察されていないのであるが、理論的に見ても、自由市場では、次に述べるような、満たされない完全競争の条件や「市場の失敗」があり、一定の規制による補完なしには、うまくいかないのが経済学の理論的帰結である。

 自由競争で自然的な均衡が実現するには、「完全競争市場」という前提が必要であり、これが無い場合、競争結果は歪められ、自然均衡が達成しないことが、スミス以降の多くの経済学者の研究により、明らかになっている。それは次のようなものである。

完全競争市場の条件
・供給者と需要者それぞれが多数で、少量であり、単独では価格支配力がない。
 (価格が恣意的や支配的に決まらないこと)
・経済のどこで変化があっても、コストなしに即時に全体に波及する完全流動的市場
・人々が財についての正確な知識を持つ(情報の完全性)。
・新規参入が自由に可能である。

一番目の条件である、市場参加者は価格支配力を持たないという条件は、自由競争にとって最重要であるが、結局、資本主義の進展とともに、自由競争はますます、資本力の強大化、優秀な人材の集中化を進展させ、新技術の開発、優れた商品戦略、広告やマーケッティング戦略、さらには経営戦略を成功させた強者にますます有利に、弱者(弱い企業や個人)はさらに不利になって行く。自由競争自体が、非競争的価格、非競争的状態を形成し、強者がますます有利になるのである。

二番目の完全流動的市場などどこにも存在しない。近年のIT情報革命で、昔よりは情報の普及スピードが飛躍的に高まったとはいえ、このような前提は全く非現実的である。

三番目も参入の自由も、製造でも販売でも各業界では、インターネットのようなまったく新しい産業はともかく、巨額の資金や膨大なノウハウが必要となっており、新参入の障壁はますます大きくなっている。

 さて、さらに完全競争の研究が進み、現実の市場においては、「市場の失敗」という自由市場が生来持つ欠陥が明らかになっている。列挙すると次のとおりである。

市場の失敗の代表例は、次のようなものが挙げられる。
 ① 自然的・地域独占(電気・水道・電話・ガスなど)
 ② 独占・寡占による市場の支配
 ③ 外部経済(市場経済の外部:正の外部経済、負の外部経済)
 ④ 公共財のただ乗り(フリーライダー)
 ⑤ 情報の非対称性(隠れた情報、隠れた行動)
 ⑥ 不完備市場(ストックオプションの完備市場の場合)
 ⑦ 不確実性(将来の不確実性が投資過小/過大を生む)
 ⑧ 費用逓減産業(巨大な固定費のかかる産業で生産規模の拡大でコストが低下する産業    <通常の均衡条件では、費用逓増法則が前提である>)
 ⑨ 収穫逓増産業(開発費は膨大であるが製品は安価に製造できるソフト産業)

「市場の失敗」の1番目の「自然的独占」の主なものは、電気・ガス・水道・電話など、社会的な公共インフラであるが、巨額な資金が必要であり、自然的・地域的独占を形成することになるので、政府が直接経営したり、民間資本であっても公共料金を政府が認可する仕組みをとっている。ただし、近年では、鉄道、電話などこの分野も自由化が進んでいる。

第2番目の独占寡占の問題は、巨大設備投資を必要とする鉄鋼、造船、石油プラント、自動車製造などは、新規参入が困難であるために、独占寡占を形成しやすいし、そのような時代もあった。また、資本主義経済の発展とともに必然的に進展する、巨大資本や新技術や新商品、商品差別化戦略、特許・意匠権などを伴う市場支配である。談合やカルテル等も該当する。

第3番目の「外部経済」(市場の外部)の問題とは、自由市場では、均衡や秩序をもたらさない取引である。例えば、公害やごみ廃棄物処理や、近年では地球環境保全問題がある。公害の例では、防止投資やコスト負担を行わず、水銀やカドニューム、六価クロムなどの有害(劇薬)の廃液を処理をしないで河川や海に垂れ流し、水俣病やイタイタイ病の公害を引き起こした。

それは、事業者自らがコストを負担して公害・環境保全対策を行う動因が、競争モデルに内在しないからである。有害性が証明されるまでは、また、有害であると証明されたとしても規制が無ければ、余分なコストのかかる対策を行わない。さらに。偽装や虚偽により対策を逃れるケースも数多くあった。われわれはそのような企業を不誠実、反社会的企業と断罪してきたが、市場の経済原理には自動的に防ぐようなメカニズムがないのである。市場の外部から規制をかけないと防ぐ手立てがない。

工場や自動車の排気ガスも、排ガス浄化装置をつけず、大気汚染や喘息など公害病を生んだ。消費者も法的な規制が無ければ、自ら進んで高いコストの対策車を買うことは、経済原理からすると、一部の篤志家を除いて一般的には無理なのである。
地球環境対策商品も、政府補助金のエコポイントや、結局長期的に電気代が安くなるなど、経済メリットがないと、市場原理からは一般的に普及しない。結局、望ましい社会には、一定の政府の介入や規制が避けがたいことは自明である。

ごみ廃棄物処理も。市場の失敗の代表例である。本来は、製品の価格に廃棄コストも含ませて処理されるべき(消費者が負担すべき)であるが、自由市場では、そのコストを組み入れられないので、法規制によることになる。

容器包装の廃プラスチック処理で、「ガス化法」という方法がある。これは廃プラスチックを高温によりガス化し、アンモニア等の化学物質にする方法で、100%回収できるし、最大のメリットは、納豆やドレッシング、マヨネーズなど汚れた容器も分別しなくても一括処理でき、また種類の違うプラスチックを仕分けすることも不要であることである。ガス化法であれば、住民は汚れたプラスチック容器を分別しなくて済み、自治体も回収作業が容易である。ただし、ガス化法ができる先進技術をもつ企業は日本に1社しかない。

収集されたごみのプラスチックは、プラスチック処理協会が処理業者の入札により引渡すことになるので、ガス化法ができる処理業者が落札されるどうかわからないために、自治体は、汚れた物は分別収集することになり、住民の負担も大きい。もともと「市場の失敗」から必要な廃プラスチックの処理業者を「入札」という市場原理で対応しているために、このように優れて効率のよいガス化法が十分に使えないし、この先端技術を開発した企業も十分に発展できないのである。「市場の2重の失敗」である。

第4の公共財のフリーライダーは、空気や地下水のような財を無償で消費することである。地球上の空気はアマゾンの森林から大量に供給されるが、その森林育成に空気の消費者は代金を支払っていない。アマゾンの森林は市場主義により、乱伐されている。地下水も同様である。

第5の情報の不完全性や非対称性(隠れた情報、隠れた行動)は、市場参加者(労働者、財の提供者、需要者、消費者)のもつ情報が完全でない場合、その結果人々の行動と結果は歪むことは容易に想像できる。

第6以下の説明は省略するが、さまざまな「市場の失敗」があるために是正が必要であり、政府は、規制等による市場の管理や、自らが直接供給者Playerになるなどの方法により、すべての国で、さまざまな形で行われているのである。

 新自由主義者の主張するように、規制緩和撤廃すればすべてがうまくいくわけでは決してない。自由主義を信奉する経済学者に騙されないようにする第1のポイントである。

 なお、私見では、規制の無い自由はありえない。自由がベースにあって、自由が社会的な正義と秩序を実現するように規制が必要である。それは、アクセル(自由)とブレーキ(規制)の組み合わせであると、私は考えている。アクセルだけの自動車は止まれないし、規制だけの自動車はそもそも走れない。エンジン(アクセル)が強力であればあるほど、ブレーキ制動も適正でなければならない。

利己心の発揮による自由主義は、儲けるには何をしてもよいとばかりに人間の欲望を開放しているので、核爆発力ほどの強大なエネルギーと破壊力を持つ。適切な制装置なしに核エネルギーは人類の幸福と発展には使えない。

自由と規制は、自由と平等との均衡と関係して、永遠の課題であるが、社会的秩序は、どちらか両極端でなく、“中道”にあると思われる。私はこれを、「秩序型自由主義」と命名したい。

<補足1>
 フリードマンの主張は、1962年の「資本主義と自由」、1980年の「選択の自由」が有名であるが、62年はベトナム戦争が始まって2年後であり、社会主義的勢力が拡大する傾向への反論、さらに、米国のケインジアン等による政府・官僚の肥大化、政府の失敗への警鐘に重点があり、その分偏っている。フリードマンの後継信奉者はさらに偏狭になっている。なお、賢明なフリードマン自身は、上述のような「市場の失敗」に言及し(選択の自由p51)、市場の限界を認識しているかのようであるが、その論点をほぼ飛ばし(軽視し)、他方の「政府の失敗」を強調して自己主張している。しかし、両方の失敗とも恐ろしい結果を生むことが認識されねばならない。

<補足2>
 私は、フリードマンが一貫して強調する「政府の失敗」問題も、「市場の失敗」と同じ程度に非常に重要と認識している。市場の失敗があるから、政府の介入が必要なのであり、その政府の失敗もあるからである。それは、丁度メダルの表裏である。政府の介入は、過剰介入になったり、特定の既得権益の保護になったり、時代の変化で不要や有害になったりする。

昨年の民主党の事業仕分け(第1弾)を、終日インターネット中継によりパソコン2台で2会場を見たが、官僚の無駄に怒り心頭に来ました。例えば、10億円の予算に対して、天下った官僚などの管理・事務費が3億円で、真水の補助金は7億円。予算の30%も役人の管理事務費に消えていく。労働行政も、福祉行政も、国民にとって必要なものですが、その必要な事業に官僚が寄生しているような構図である。

官僚の寄生とは別の視点では、本来必要のない事業が、国民の政府へのいろいろな要求により、そして、組織を拡大したい官僚がそれに乗って、沢山行われている。過剰な補助金依存体質となっている。住民の地域エゴが強く出て、自立や自助精神が薄れているのではないか。フリードマンの荒療治、つまり、政府の介入を外し、国民に自立を求めないと、日本の財政借金(約1,000兆円)は、とても解消しないであろう。政府の無駄とは、官僚だけでなく、国民の地域エゴと自立意識の変革が必要であると感じる。

私は、フリードマンの「選択の自由」を30年ほど前に読んだときに、「政府がいったんこれをはじめてしまえば、廃止されるのはごくまれ」(p53)であり、続けて、官僚は政策が失敗すれば、予算が足りなかったからだといって増額を要求し、成功すればさらに予算の増額を要求するという趣旨の主張に深く共感し、「政策が失敗しても成功しても予算が増えるフリードマンの法則」と命名した。

なお、蛇足であるが、この他に私自身が命名している「フリードマンの法則」は、「税金無駄使いの法則(他人のお金を他人のため使うのは最も無駄使いをする)ことや、「規制自己増殖の法則」(規制が規制を呼ぶ。規制を作るとさらに足りない部分が出てきて、規制のファイルが膨大になる)、「官僚組織自己増殖の法則」などがある。税金の使途、財政規律や官僚の規制のあり方を考える重要なポイントであると思う。


 次回は、自由主義(市場主義)と人間の徳性(正直、正義心、自尊心、他人を思いやる心や慈悲心など)について述べたい。(続く)

2010年5月18日火曜日

第4回新自由主義とは何か(3) ―科学的経済学を主張するマルクス経済学ー

 前回、物理学が自然科学の王と称されるに擬して、経済学は社会科学の女王として、人間の恣意を超えた、自然法則としての経済法則を求め研究されてきたことを示しました。
“科学的”経済学を強く主張したもう一つの学派は、マルクス経済学である。歴史観や哲学を包摂して膨大でかつ緻密なマルクス経済学の体系に対して多少無謀であるが、本稿のテーマとの関連において、極く大雑把に要約して私の理解を述べておきたい。

 カール・マルクス(1818~1883年)とフリードリヒ・エンゲルス(1820~1895年)は、サン=シモン(仏1760~1825年)、ロバート・オウエン(英1771~1858年)、フランソワ・フーリエ(仏1772~1837年)が、人道主義的思想に基づいてそれぞれが行い、結局失敗に終わった社会主義的企業経営の実験を、「空想的社会主義」(ユートピアンソーシャリズム)と激しく非難し、マルクス経済学こそは、科学的社会主義であると主張した。

 マルクスは、「経済学・哲学草稿」(1844年)、「経済学批判」(1859年)、資本論(1部1867年。2部3部はエンゲルにより発刊)などにより、アダム・スミスやリカードから引き継いだ労働価値論を発展させながら、資本主義制生産体制では、労働者は自己の労働により生み出した価値を資本(家)により搾取される。労働者は、搾取されて窮乏化する。一方で、資本は限りなき利潤を求めて自己増殖し、資本はますます蓄積し巨大化し、独占状態に至る。後世のマルクス経済学研究では、国家権力を巻き込んで支配し、国家独占資本主義に至る。資本はますます蓄積拡大する一方で、労働者は窮乏化し、矛盾飽和点に達すると、ついに、社会主義革命が起こる。これが、資本主義経済の運動法則である、との主張であった。

 そして、そのような革命は、資本主義が高度に発展し矛盾が飽和点に達し起きる<注1>と予言したが、実際に革命が起きたのは、資本主義が最も遅れた地域の、ソ連(1917年10月革命)、東欧、中国(1949年)、北朝鮮(1948年)、キューバ(1961年)などであった。これらの革命は歴史発展の運動法則の結果であったのかどうか、大きな論争を生んだが、事実としては自然法則としての現実ではないことが明らかであった。

 <注1>:資本主義が高度に発展し矛盾が飽和点に達し起きるとの予言は、たとえば、マルクス「経 済学批判」序言(1859年)に曰く。「一つの社会構成は、社会構成は、すべての生産諸力がその中で はもう発展の余地がないほどに発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度 な生産諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古いものにとっ てかわることはけっしてない。」

 また、労働価値説(剰余価値説)は結局現実には当てはまらないし検証されないのであり、科学的法則ではなく、価値判断を持ち込んだ「イデオロギーに過ぎない」という趣旨の多くの批判と論争があった。イデオロギーという言葉は、科学としての自然法則ではなく、人間の価値判断を含んだ人間の思考・観念である。科学的な自然法則ではなく、人間の恣意的なイデオロギーであるというのである。

 そして、フリードリヒ・ハイエク( オーストリア1899~ 1992年)やミルトン・フリードマン(米1912~2006年)の新自由主義者は、平等を重視する社会主義(共産主義)社会を執拗に攻撃していた。フリードマンは、「自由よりも平等、という社会は、そのどちらをも得ることが出来ない。平等よりも自由、という社会はその両方であふれる」(「選択の自由」1980年)、と説いた。

 1980年ごろは、前年79年に英国でサッチャー政権が新自由主義政策を導入し、81年にドナルド・レーガン政権が米国に導入した時代であるが、当時は、新自由主義の猛威と弊害について私の問題意識は薄く、むしろ、フリードマンが主張する、計画経済がうまくいかないことや、官僚の弊害に共感を持っていた。私も、計画経済や統制経済がうまくいかないことは、人間の自由を保障する限り自明であり、当時の自由競争を妨げるさまざまな過剰な規制とそれを墨守する官僚に抵抗感があったからである。政府の規制は、ますます規制が自己増殖したり、一度決めると時代に合わなくなっても、議員(政府)、業界、官界のトライアングルの利害関係が出て、変更が難しいのである。

 過剰な規制は幣害があるが、一方で、過剰な規制の撤廃や節操のない自由主義も同様に副作用が劇的に大きく、社会を混乱させるのである。人間社会の調和や均衡は中道にあるようである。
(続く)

2010年4月1日木曜日

第3回 新自由主義とは何か(2) ―自由、自然法、自然状態ー

前回、アダム・スミスの国富論(1776年)において、人倫道徳の観点からは悪徳に分類される「利己心」(別の言葉で言えば、エゴイズム)が、経済活動においては、中心的役割を与えられ、自由な市場において“自然的”均衡をもたらすことをみた。

ここでのキーワードは、“自由”、自然状態、そして“自然的”均衡の3語であり、3語の歴史的発展を概括しておきたい。
7~8世紀ごろには確立したといわれる封建制社会では、王族、貴族、封建領主、農民の各階級があり、人口の大多数を占める農民(その殆どは“農奴”)は土地に縛り付けられた制度であった。農奴は領主(地主)から土地の耕作権利を得て生活したが、代償として、領主の直営地で無償の賦役労働義務(1週間に2~3日無償で働き収穫は地主が取る)を果たさなければならなし、さらに、農奴が耕す保有地では収穫物の一部を献納する義務があった。その上に、地域の教会に10分の1税も納めた。農奴は家族や耕作用具は所有できたが、転居や職業選択等の自由はなく、領主に拘束され、奴隷に近い暮らしであった。


農奴は、領主の封建的束縛支配から独立する自由を志向した。ドイツでは農奴が都市に逃げ込んで「1年と1日経過すれば自由な身分になれる」という慣習があったという。


11世紀には、戦乱が落ち着き人口が増大し始め、11~13世紀頃の“大開墾時代”を経て耕作地が拡大し、また三圃(さんぽ)式農法(農地を、春・秋・休耕に3分し、3年で一巡するローテーション農法)や牛馬と耕作具の使用で生産力が拡大し、余剰生産物ができるようになった。

その結果、“市”が立ち、やがて物々交換から貨幣流通へ進化し、さらに、商業を専門とする“商人”の新階級が登場した。7次(通説。1096年~1291年)に渡る十字軍遠征等の影響により、広範な交易が進み、生活用品、食品、木工、皮革などの手工業者や商人の居住地域として都市が成立・発展した(参考1)。都市の市民のほとんどは農奴出身であった。

<参考1> 都市では市民自身が自治権を得て、封建領主から自立し、市政を運営した。しかしながら、都市に都市の規制や厳しいルールがあり、全面的な自由はなかった。

都市の自治権は、市民の一部に過ぎない大商人であるギルド(商工業者の職業別組合)の親方が実権をもっていた。親方になるには、大変な修行が必要であった。(徒弟として無給で数年間は家事や雑用を行い、その後職人として技術の習得に励み、他の親方の下で修行し、製品を作り組合の審査が合格してやっと親方になれた)。ギルド内では、親方の人数も限られ、製品の製法、品質、価格などに多くの規制で統制されており、組合員の共存共栄が図られ、独占的権利が与えられ、自由競争はなかった。ギルドは教会とも密接で、各ギルドは特定の守護神を持っていた。ヨーロッパを旅すると、ギルドがあった歴史的建造物に祭られているのを経験される。

1348年に大流行した黒死病(ペスト)により3分の1の農民が死亡したと言われ、また、貨幣経済の進展により、領主の直営地の経営が困窮し(参考2)、一方、農民の反乱が起き締付が緩み、自立する農民が出てきた。十字軍遠征で地方諸侯の軍費負担が重くのしかかっていたので、領主側の反撃により揺り戻されたりしたものの、徐々に荘園制が崩壊してきた。

<参考2>:領主の直営地は、もともと、農奴の無償奉仕で耕作され、収穫物は全て領主のものになっていたが、農奴の保有地に比べると生産性が低かった。

こうして、商人・商工業者中心の市民階級が興隆し、貴族は十字軍遠征の軍費負担や戦死した諸侯の土地没収などで没落し、貴族はこれまでの特権を保証される代わりに王権の官僚や軍隊になり下がったのである。それにより王権が支配力を増強し中央集権化してきた。16世紀始めには絶対王政時代を迎えることになる<参考3>。


<参考3> 絶対王政は、イギリスのチューダー朝(ヘンリー7世、8世)、フランスのブルボン朝(「太陽王」と称されるルイ14世。「「朕は国家なり」と言ったことで有名)等が有名です。脱線すると、ヘンリー8世(1491‐1547)は、6人の王妃を取り替えたことで有名です。最初の王妃キャサリンと離婚し、アン・ブーリンと再婚しようと画策したが、カトリック教会から離婚を許可されなかったので、カトリックから離脱し、英国国教会を作ったのでした。約3年後には、3番目の妻となるジェーン・シーモア(アン・ブーリンの女官)に心が移り、2番目のアン・ブーリンと離婚するために、アン・ブーリンに反逆罪、姦通罪等の無実の罪でロンドン塔に幽閉し、処刑した。アン・ブーリンの娘がエリザベス1世(1533‐1603)であり、大英帝国発展の基盤をつくった。

15世紀から始まった大航海時代の発展により、新大陸の発見なども加わり、ますます交易が拡大し、イタリア・フィレンツェのメディチ家のような大富豪が生まれたが、国際的に競争が激化すると、大商人も権益を守るために、王権に保護主義的な特権を要請した。王権は、官僚や軍隊維持の貨幣が必要になり、商人の保護政策を行いこれらを負担させた。利害が一致して、中央集権化が一層進んだのである。

絶対王政時代には、王権は神により授けられたものであり、絶対不可侵であるという王権神授説が主張された。

しかし、17世紀になると、ガリレオ=ガリレイやコペルニクスの地動説、その後、ニュートンの万有引力の法則等の自然科学の著しい発達があり、社会思想も、疑っても疑っても疑えない自己の実存を表した「われ思う故に我あり」と、理性に基づく合理的精神を説いたルネ・デカルト(仏:1596-1650)等により、啓蒙思想運動が起こり、それまでのキリスト教的宙観や不合理な政治体制や社会の慣習等に多くの疑問がだされた。

こうした背景の下、王権神授説に対して、人間は自然法に基づいて生存や自由、平等という基本的人権を持つとの自然法の思想が現れた。社会契約説をイギリスのトマス・ホッブズ(1588~1679)〈参考4〉が、次いでジョン・ロック(1632~1704)〈参考5〉がそれぞれ主張した。その後、三権分立を打ち立てたモンテスキュー(仏:1689~1755)、言論の自由を徹底的に擁護したヴォルテール(仏:1694~1778)、ジャン=ジャック・ルソー(スイス生れ、仏:1712~78)等が続き、啓蒙思想の代表であった。

<参考4> トマス・ホッブズの社会契約説は、個人は自然権を持つが、各人が自己の自然権を主張し行動すると、社会全体では「万人の万人による闘争」の状態に陥り、各人の生命維持ができないし、平和に暮らすことが出来ない。これを避け、平和に暮らすために、各人が契約を締結して自然権の一部を譲渡して権力が生まれる。各人に絶対的に強制する権力が必要であり、この権力は分割も譲渡も出来なく、王権に属し、変更も出来ないとし、王権を認めた。

<参考5> ジョン・ロックの社会契約説は、自然状態は闘争状態であるとのホッブズの主張を批判し、自然状態において、個人はすべて平等に、生命、自由、財産の所有権を持っていると主張する。しかしながら、各人が自己の権利を主張すると、自然状態の他の各人の権利を保障できない事態に至る、つまり、各人の自然状態における自然権を認めるが、しかし、それだけでは、社会は混乱と無秩序に陥るという主張である。

その無秩序を避けるためには、自由で平等な個人の契約により主権を国家社会に信託Trustした。主権を国家に信託したに過ぎないので、もし国家が個人の権利を守らない場合、抵抗権をもつと主張した。なお、ホッブズは、権力の万能・分割不可の原則を唱えたが、ロックは、権力の分割、すなわち、立法(議会)と行政の2分立を唱え、名誉革命(1689年)を擁護したと言われる。

1793年のフランス革命も、自然法思想による生存権、自由、平等等の基本的人権を主張した近代啓蒙思想を実現しようとするものであった

このように、アダム・スミスの国富論(1776)が表された時代は、「自由」「自然状態」「自然法」「自然法則」と、“自然”が、自然科学と相俟って、社会のあるべき姿を表しており、重要で大きな潮流であった。

経済学も自然科学の法則に擬して、人間の恣意や価値判断を排除して、人間の意思を超えて働く経済法則を究明するのが経済学であるとの主張である。それ故に、「経済学は社会科学の女王である」と称される。そして、経済学以外の社会科学は、“科学”ではないという、経済学者の傲慢な態度が時に見られるのである。

(続く)

2010年1月17日日曜日

新自由主義とは何か(1) 

新自由主義とは何か(1) ―利己心が自然的均衡を実現する原理ー


それでは、新自由主義/市場主義とは何であろうか。

新自由主義の原型は、およそ200年前に確立された「古典派経済学」です。アダム・スミス国富論(1776)によって体系化され、その後、ダビッド・リカードやAFマーシャルによって確立された経済理論です。

 今回は、古典派経済学を大雑把におさらいしておきたい。
人間の本性の一つである「自己愛」self-love、「利己心」(self-interest)が、市場において人間の価値判断・行動の中心的役割を果たします。人間本性の重要な他の側面である、慈悲だの思いやりだのは切り捨てられます。

 マーシャルは、経済行動する人間について、“ホモ・エコノミクス”(利益を追求して合理的に行動する人)という仮定を明確にしました。単純化された人間像です。この仮定の上に、理論が展開されています。仮定の上に理論が構築されている点は、しっかりと記憶し、常に意識しておく必要があります。

 なぜなら、社会科学は、“科学的”たろうと論理的展開を企てますが、しかし、人間の個々の意思を超えた自然法則である物理法則のような訳にはいきません。実際、部分的、個別の経済理論を除いて、前提なしには全体の経済法則はまだ成功しておりません。

大切なことは、どんな前提を立てるかで、結論が決まって来る側面があることです。多くの経済学者は、この前提を無視して議論していることが多いことに注意する必要があります。

 さて、「利己心」が中心的役割を果たすとは、こういうことです。
例えば、肉屋とかパン屋は、買う人に対する慈悲心や思いやりで肉を売り、パンを焼いているのではない。あくまで自分の利益のために、儲けるために行っているのである。自分の利益のために行動することが、市場での交換を通じて、自分も満足し、他人にも満足を与えることが出来る、というものです。この原理を経験的に発見したのでした。

 しかしこれに留まりません。自由な市場では、各生産者は、各自が利用できる設備や原材料を使って、それぞれが勝手に最大有利と見込む商品(モノとサービス)の量を生産することになるが、自由に取引される市場において価格が変動することによって、その商品の社会全体の供給量と需要量は均衡するのです。供給量が多い時は、価格が下がり、価格下落によって、需要量が増える、ということになり、この価格下落は、需給量が一致するところまで続きます。逆に、供給量が少ない場合は、需給量が一致するまで価格が上昇します。需給量が均衡した時に成立する価格を自然価格と称しています。

 次に、各個別商品の均衡が実現するというとは、一国全体について見ても、一国のすべての需要量と供給量が均衡するということです。各人は社会全体の均衡を計画したり、意図している訳でもないとしても、“神の見えざる手に導かれて”(Invisible Hand)、つまり、市場における価格の変動により、自動的に調整される。これが“自然的秩序”であるとします。

 第3に大切なことは、自然的秩序は、商品だけでなく、食糧や資源・エネルギー、雇用(賃金によって)、資金(利子率によって)にもあてはまり、それぞれ均衡するというのです。
 この第3の均衡の意味するところは、有限の経済的資源エネルギーや商品が、必要な人々に、社会全体で、“最適に、公平に”配分され、また、労働は完全雇用され、資本は必要な産業に投資され、全ての経済的諸資源の均衡が達成されるということです。よって、社会的経済的厚生が達成されるのである。最適な均衡が達成されるというものです。

 誰か、政府や官僚が、社会全体の需要量を測定したり生産量を計画している訳でなく、各生産者も消費者も、それぞれが自分の欲しいままに勝手に、自分の利益だけで行動した結果、意図しなくても、社会全体が“自然均衡”を達するという理論である。この均衡価格を“自然”価格というのです。

 利己心が社会全体の均衡をもたらす。これはすごい原理であると思いませんか。
中学や高校時代の授業では、人間の生き方として、自己中心のエゴイズムは悪徳である、利己中心で考えたり行動してはいけない、と教わりました。人間の徳性である慈悲心や思いやりが大切であることが繰り返し繰り返し強調され、私もそうだと納得しました。

例えば、自動車の運転や、電車内や公園、山、川や海で、もし自己中心の行動をした場合、他の人に迷惑を及ぼすことになり、公徳心が大切であることをトクトクと事例付きで教わりました。

 ところが、大学の経済学入門で学ぶ、アダム・スミスの国富論では、逆であることを知り驚きました。社会生活では倫理的に抑制されるべき欲望や利己心が、経済活動では中心的役割を演じ、社会的に善をもたらす、というのです。逆に、経済活動に慈悲や思いやりを持ち込むことは、自然の均衡法則を曲げるので、むしろ害となる主張します。

 アダム・スミスに先立つ約200年前に、贖宥符(免償符とは別物)の販売を契機として、堕落した教会や牧師を批判して、マルティン・ルターの宗教改革(1517年)がありましたが、こうした歴史的流れのなかで、愛とか慈悲を訴えている人々よりも、利己心で動いている人の方が、社会に役に立っている主張しています。

大学の経済学のM教授からは、人間は欲望の動物である。欲望は、名誉欲、物欲、性欲の三つである、と講義を受けたことを覚えています。

 先程、利己心による、市場の競争原理は凄い原理であると述べました。
それは、この原理は、利己心の発揮こそが、個人の経済的厚生と社会の均衡をもたらすというもので、個人の幸福と社会の均衡(経済的厚生)を達成する原理となるからです。こんな優れた原理なら、誰でも信奉したくなります。また、多くの(古典派や近代経済学の)経済学者は、確かにこの基本的な枠組みを信奉して、経済政策や制度設計を主導してきました。その結果が今日の現実といっても間違いではありません。

 大学で経済学を学んだ時に、地動説を最初に聞いて驚いたので同じような驚きと、本当に凄い原理であると感嘆しました。それ故、私は会計関係を学ぶつもりで商学部に入りましたが、経済学に関心が移り、大学院で理論経済学を専攻することにしたのです。

(続く)